〈ソナチネ〉は、エドワード・エルガーが結婚した1889年に作曲。この曲が書かれた前年には、のちにエルガーの妻となるアリスにプロポーズの代わりに贈った〈愛の挨拶〉が作曲されている。
元々はグリフトン家の一族と結婚したエルガーの姉ポリーの娘で、エルガーの姪にあたるメイが8歳の時にピアノ初心者用の練習曲として叔父エルガーが書いた曲で、この曲の草稿には「メイ・グリフトンのために叔父エドワード・エルガーが深い愛情をこめて作曲。1889年1月4日。」と記されている。
メイをはじめグリフトン家に嫁いだポリーの娘たちとエルガーの関係は強く、1920年に最愛の妻アリスを亡くし、失意の底にいたエルガーを献身的に支えたのはグリフトン家のエルガーの姪たちであった。
エルガーにとっても、姪のメイにとっても、この〈ソナチネ〉は想い出のたくさん詰まった大切な曲であったようで、エルガーの最晩年にあたる1930年から1931年にかけて、この曲に幾つかの改訂を施し、ピアノ初心者用の簡単な練習曲から、より経験を積んだピアノ練習者のための弾きごたえのある曲へと変更し、1931年に出版した。
2楽章から成るこの曲の詳細と、改訂された点について見てみよう。
◯第1楽章 ト長調、4分の2拍子。 メイのために書いた1889年の初稿版ではAllegrettoであったが、改訂版ではAndantinoに変更されている。当初、「Allegretto」とされていたのは、当時8歳であったメイのために弾きやすいようにとのエルガーの優しさだとも言われている。 主題のメロディはとても柔らかで、ピアノを始めたばかりの少女にはぴったりの愛らしさがよく出ている。
提示部は、初稿版ではピアノ初心者のメイのことを考慮して平易な音形で書かれているが、改訂版ではリズムも伴奏も複雑になり、提示部の終わりの4小節はメロディも大幅に変更されている。
続く展開部は、初稿版も改訂版も同じく8小節と短いものとなっている。小節数や、細かい転調を繰り返すなど音楽の構成では類似点が見られるものの、初稿版では簡潔なメロディだったものが、改訂版ではより音楽的な表現となっている。
再現部は、30小節目まではほぼ同じ展開となっているが、31小節目からは新たに書き換えられている。また、改訂版ではテンポ変化の表示やespress.など音楽用語が多く書き加えられていることからも、ある程度ピアノの学習を積んだ者へ向けて書かれていることが見てとれる。 見開き1ページほどの可愛らしい曲である。
◯第2楽章 初稿版、改訂版いずれもAllegro、4分の2拍子、ト長調。 初稿版では、幼いメイにわかりやすいようにと、「as fast as you can!(出来る限り速く!)」の一文が書き添えられ、エルガーの子煩悩な一面が微笑ましい。
まずは、初稿版の曲の構成から見てみよう。
提示部は、大きく第1主題と第2主題に分かれている。 第1主題は、メゾフォルテからはじまる16分音符を多用した軽やかな主題。 続く第2主題は、ト長調から属調のニ長調に転調し、フォルテとピアノが交互に入れ替わるメリハリの効いた構成になっている。第2主題にはリピート記号が付けられ、リピートした後、2番括弧に入ると、展開部へと突入する。
展開部の始まりは、右手に第2主題、左手に第1主題が同時にあらわれるという少し凝った作り。左手に登場する第1主題は、16分音符の速いパッセージなので、ピアノ初心者のメイにとっては、この36〜37小節目は難易度が高かったであろう。また40〜41小節目では、第1主題の一部が右手と左手にカノンのように追いかけてくるなど、随所にエルガーの作曲技法が光っている。 途中経過句をはさみながら、76小節目から77小節目にかけて徐々に遅くなり、フェルマータの後、78小節目からTempoとなり、再現部に入る。
再現部はコンパクトになっており、すぐコーダへ入ると、83小節目のスフォルツァンドを経て、フォルテッシモで堂々とした出で立ちで幕を閉じる。
続いて1889年の初稿版と、1931年に出版された改訂版の違いについて見ていこう。
提示部は、第1主題も第2主題も、より音楽性を追求した表現に書き換えられているものの、音楽全体のアウトラインは基本的には変えられていない。初稿版と改訂版の唯一の大きな変更点は、初稿版の第2主題にあった繰り返しがなくなり、ストレートで展開部へ入っていく点である。
展開部では、第1主題と第2主題が同時に演奏される部分はそのまま残されているが、カノンの技法を取り入れた部分は、改訂版では展開部ではなく、75小節目以降の再現部に登場させ、よりテクニックの必要なものに差し替えられている。
この曲は全2楽章となっているが、草稿の書き込みなどから検証していくと、エルガーが当初「Allegretto-Andante-Allegro」の全3楽章の曲として構想を練っていたことなどが浮かび上がってくる。 そして何より、初稿版と改訂版を比較しながら紐解いていくことで見えて来たのは、いかにエルガーが家族を大切にしていた作曲家であったかということである。この曲には、エルガーの優しさがたくさん詰まっている。