ワーグナーが「第一級の風景画家」と言ったように、メンデルスゾーンは情景描写や標題音楽の作曲において才能を発揮している。
この“言葉のない歌曲”、「無言歌」、という形でメンデルスゾーンは心象風景や感情描写までも、表現した。歌曲風の旋律をもった器楽曲であるため、旋律線をはっきりと浮き立たせ、抒情的に演奏することが重要だろう。
メンデルスゾーンが活躍したこの時期、ブルジョアジーの家庭を中心に、ピアノが教養として普及した。そのため、家庭で気楽に弾ける作品が多く作られたが、この《無言歌集》もその一つである。
《無言歌集》は各6曲ずつの計8集からなり、生前に出版されたのは、第6集までである。第7集は、1851年、第8集は1867年に出版された。1832年、第1集を出版したときには、メンデルスゾーンは、《ピアノのためのメロディー》と記しており、《無言歌集》の名称をもつようになったのは1835年に第2集を出版してからのことであった。
標題をもっているものが多いが、作曲者自身によってつけられたものはわずかである。実際、メンデルスゾーンは標題をつけることによって、音楽的な想像力が限定されることを嫌っていたようだ。
第1巻
1.ホ長調「甘い思い出」 / op.19-1 (1831)
全体を流れるなめらかな16部音符の上に、抒情的な旋律がうたわれる。
2.イ短調「後悔」 / op.19-2 (1832)
3.イ長調「狩人の歌」 / op.19-3 (1832)
勇ましい狩りの情景がえがかれる。第3曲〈狩人の歌〉という標題は、メンデルスゾーン自身もみとめていたニックネームである。6曲中最も有名な曲。
4.イ長調「信頼」 / op.19-4(1829)
5.嬰ヘ短調「眠れぬままに」 / op.19-5 (1831)
ポコ・アジタート、四分の六拍子で情熱的な趣をもつ。無言歌の中ではめずらしいソナタ形式をとっている。
6.ト短調「ヴェネツィアの舟歌 第1」 / op.19-6 (1830)
6曲中メンデルスゾーン自身が命名した唯一の曲。無言歌曲集には、他に同名の作品が3
曲あり、これらは「ゴンドラ・リート」と呼ばれる。波の上を揺れ動くような動きを特徴している。