作品概要
作曲年:1794年
出版年:1830年
初出版社:Dunst
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:ソナタ
総演奏時間:6分38秒
著作権:パブリック・ドメイン
※特記事項:キンスキー=ハルム目録ではボン時代の最後、1791年から92年の作品とされていたが、近年の研究では1794年以降であるという見解に修正されている。エレオノーレのために書かれたことは確実であり、後にエレオノーレと結婚したベートーヴェンの友人ヴェーゲラーの家に、1796年頃に書かれたと推定される不完全な自筆譜が伝えられている。第3楽章はおそらく失われたものと思われる。(2008/11 岡田)
解説 (3)
総説 : 丸山 瑶子
(646 文字)
更新日:2014年8月10日
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総説 : 丸山 瑶子 (646 文字)
本作品は作曲家の死後、1830年にフランクフルトのドゥンストDunst社から初版が出版された。出版譜の表紙には《ピアノ・フォルテのためのソナタ》と印刷されており、初版出版後も長年、2楽章構成のソナタとして知られていた。しかし、ベートーヴェンの友人のフランツ・ヴェーゲラーによれば実はこれは誤りである。2つ楽章として扱われているAllegroとAdagioは、本来、個別の小品で、「やさしいソナタ」と補足したのはフェルディナンド・リースとされている。
また、「ピアノ・フォルテのため」という楽器指定も正確ではない。この小品はもともと「オルフィカ」という楽器のために作曲された。オルフィカとは、1795年頃にカール・レオポルト・レーリングKahl Leopold Röllingが発明した鍵盤つきの撥弦楽器である。 これは、首かけベルトの付いた小さなピアノのような楽器で、机の上で弾くほか肩に下げて持ち運びながらギターの様に演奏することもできるようになっていた。オルフィカは音域も3-4オクターヴと狭かったためレパートリーも少なく、ピアノのようにメジャーにはならなかった。楽器自体もウィーン外には広まらなかったようで、その生産も早くに終わってしまった。
ベートーヴェンが、そうした楽器のために作曲をした理由は、作品の成立背景と関わっている。本作品は、後にヴェーゲラーの妻となるエレオノーレ・フォン・ブロイニングに献呈されている。オルフィカ用の作曲は、彼女がオルフィカを持っていたためとみて間違いない。
成立背景 : 丸山 瑶子
(418 文字)
更新日:2014年8月10日
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成立背景 : 丸山 瑶子 (418 文字)
少年時代から、ベートーヴェンはブロイニング一家とは家族のような間柄で、同家の子どもの同然の待遇を受けていた。ベートーヴェンがボンを発ってヴィーンに移住しても、ブロイニング家との親密な関係は続いていた。本作品の被献呈者であるブロイニング家の娘、後にヴェーゲラーの妻となるエレオノーレと、その弟のローレンツは、友人であるベートーヴェンからクラヴィーアのレッスンを受けていた。本作品の具体的な作曲経緯はわかっていないが、ベートーヴェンが、エレオノーレの持つオルフィカという、あまりメジャーではない楽器に作曲したということには、彼らの親しい友人関係を現れているのではないだろうか。
作曲時期は、1831年の証言によれば1796年ということになるが、自筆譜の研究によれば、筆跡の特徴から、1798年作曲の可能性が考えられる。もし1796年説が本当だとすると、オルフィカが発明されて比較的すぐ、早くもエレオノーレがオルフィカを所有していたことになる。
楽曲分析 : 丸山 瑶子
(1686 文字)
更新日:2014年9月4日
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楽曲分析 : 丸山 瑶子 (1686 文字)
Allegro ハ長調 4/4拍子
ソナタ形式。形式は、全体のほとんどが2小節ないし4小節から成るまとまりで書かれている明快な構造である。動機も単純で、同じ音型の繰返しが続くので、基本的なアルペッジョの練習にも適するとさえ思われる。作曲家の意図とは関係なくつけられたタイトルだが、全体的に「やさしいソナタ」と呼ばれるにふさわしい弾きやすい楽曲である。
その反面、各セクションには、それぞれ対照的な特徴が与えられ、楽曲がコントラストを持つように工夫されている。例えば形式構造に注目すると、冒頭主題は4小節ずつのまとまりで書かれているのに対し、副主題(第19小節~)は2小節ずつで1つのまとまりを成している。動機に関して言うなら、冒頭主題と副主題は分散和音が支配的で、対照的に移行部(第9小節~)は順次進行に特徴づけられている。また、展開部も冒頭(第32小節)から49小節と再現部直前(第50~54)が対照的な構造をとっている。前者では、冒頭主題の一部が変ホ長調、ヘ短調で示されたあと、左手の低音が音階的に下行して転調を続けていくとともに、右手の旋律線も下行していく。それに対して再現部直前では逆に両手共に上行の動きに変わり、右手が主調の導音hまで上昇し(第54小節)、主調での冒頭主題回帰を準備する。右手の分散和音も、前半は下行、後半は上行と逆向きで、展開部内部のコントラストを高める。
また和声面でも、単純になりすぎないための配慮が見られる。上で触れた展開部に加え、例えば再現部では、下属和音を通って定型通り主調が確立された後で、イ短調の響きが取り入れられる(第83~86小節)。他にも曲末で主調に安定終止する前に、楽曲の最後から3、4小節目で、右手の和音が半音階下行し、和声的な彩りを加えている。
全体的に見て、わかりやすい形式構造、簡素なテクスチュアで書かれていながら、楽曲内部は冗長にならないようバランスよく構成された作品といえる。
WoO 51 Adagio ヘ長調
二部形式(ABA’B‘)。
前半のA部(第1~8小節)はAllegroと同じく第8小節で主調(ヘ長調)に全終止し、最初のフレーズが形式的、和声的にはっきりと完結してから、次のセクションへ移る。B部(第8小節のアウフタクト~17小節)は主調の平行調(ニ短調)から始まる。またB部に入ると、分散和音を受け持つのも左手から右手に変わる。このようにB部は、調性に関しても、テクスチュアに関してもA部とは対照的である。もっとも、ニ短調が続くのはわずか4小節だけで、すぐに主調のドミナント調(ハ長調)へ転調し、主調の回帰を準備する。
楽曲の規模は小さいながら、展開部を持つソナタ形式の再現部直前によく見られるように、ベートーヴェンはこの曲でも、A部が再現する直前に短いクライマックスを作っている。第15小節でハ長調の主和音が確定すると、右手のc音の周りを巡る半音進行と落ち着きなく変化するディナーミクが、それまでの部分にはなかった緊張感を生み出す(第15~16小節)。そして第17小節では、右手が主調ドミナントであるc音上の停滞状態から抜け出るように、全音階でクレッシェンドをかけながらA部の旋律開始音a音へ向かって上行していく。直前にディナーミクを落とし、楽曲冒頭と同じようにpでA部が再現する。
後半の主な変化は、B部が主調ヘ長調で提示されること、それに応じて第8小節の全終止が省略され、ヘ長調の終止和音から直接B部が始まっていること(第25小節)、そしてA部の旋律が前半より装飾的になっていることである。
簡潔なテクスチュアや2の倍数を基本としたわかりやすい形式構造、運指の練習であるかのような右手と左手の分散和音の交替は、ハ長調のAllegroと共通であり、2つの小品の音楽的規模、難易度のバランスを図って書かれたのではないかと想像させる。曲の終盤、最終的に主調主和音に落ち着く直前にdes音が和声的彩りを添えるところ(第33小節)もB部とよく似ており、AllegroとAdagioが、対となるよう構想されたと思われる。