37歳でワイマールに落ち着いたリストは、音楽会の指揮・統率や、演奏活動に加え、ピアノ教育や作曲などにも十分な時間を費やし、非常に充実した日々を送った。バッハの作品研究にも励み、尊敬の念から、バッハの名を主題にした曲を創作したのもこの時期である。
1855年、リストは、最初のオルガン曲《コラール『アド・ノス、アド・サルタレム・ウンダム』による幻想曲とフーガ》の初演を行い、これに続けてオルガン曲《バッハの名による前奏曲とフーガ》を完成させた。
ちなみに、《バッハの名による幻想曲とフーガ/Fantasie und Fuge uber den Namen BACH 》は、このオルガン曲《バッハの名による前奏曲とフーガ》を改め、1871年、さらにピアノ用に編曲したものである。
ピアノでの演奏効果があがるように改められており、演奏される機会も多い。
冒頭、左手にきかれる怪しげで印象的な主題は、バッハのスペルBACHにそれぞれ音(シ♭―ラ―ド―シ)をあてはめたものであり、これが曲全体を通して形を変えながら何度も登場する。
左右の手を交互に打鍵する奏法、高速で平行移動するオクターブ、めまぐるしく上下するアルペジオ、低音のうなりなど、ピアニスティックな効果を十分に発揮すると同時に、内的な精神世界まで見事に表現されているあたりは、さすがリストである。
演奏において、全体的にフォルテで奏されるところが多いが、決して体が力むことがないように注意が必要である。体の重心を意識した上で、充実した響きをつくりあげていきたい。