総説
本作品は、第1楽章の断片のみが、自筆の下書きという形で遺されている。この自筆譜には「1819年4月」と書き込まれ、冒頭73小節が書かれたのち反復記号とともに筆が置かれている。それゆえにシューベルト研究においては、この反復記号までを長い提示部と捉えるか、提示部と展開部の統合と捉えるか、という形式にまつわる議論が続いている(形式の詳細は下を参照)。本作品のように、一つの形式部分のみが断片として遺されたソナタは、シューベルトにおいては他に類を見ないため、他作品との比較やシューベルトの習慣といった作品外的状況は、この問題を解決する糸口にはならない。そして自筆譜において、作曲が中断した箇所の後に空白の五線が残っているため、中断後に書かれた部分が消失した可能性は少なく、作曲家自身がこれ以上意図的に書き進めなかったものと断定できる。
(自筆譜は以下のウェブサイトを参照:
http://www.schubert-online.at/activpage/manuskripte.php?top=1&werke_id=277 )
楽曲解説
第1楽章:速度標語なし、嬰ハ短調、4分の4拍子
本楽章は、自筆譜において反復記号で筆が置かれているため、概説で述べた通り形式解釈が問題となっている。
本楽章は冒頭楽章であることから、ソナタ形式が想定される。冒頭では、十六分音符と八分音符を主体とする第1主題が、嬰ハ短調で軽快に提示される。主題は、まず強音のユニゾンで提示された後、第6小節から弱音でカノン風に反復される。クレッシェンドからのナポリ和音(第9小節)を経て、第14小節において平行調のホ長調で第2主題が提示される。この第2主題は、嬰ト長調への転調を経てロ長調に終止し(第25小節)、三連符による新たな伴奏形を伴って反復される。反復された主題が再びロ長調に終止すると、第39小節から第1主題に基づいた展開的セクションが幕を開ける。このセクションが主調である嬰ハ短調に始まり、属七和音の連続によってヘ長調に落ちつくと、新たな主題が提示される(第47小節)。この主題は変イ長調で繰り返され、第58小節では異名同音の読み替えにより嬰ト長調となる。第63小節から、後年のシューベルトに典型的となる同主調の転換が見られた後、総休止と移行的なフレーズが書かれて複縦線となり、ここで作曲が途切れている。
このように、形式論的には、確かに反復記号までを提示部とみなすのが妥当と思われるが、実際には2つの主題が現れた後に展開的セクションが続いているため、反復記号までの部分は提示部と展開部の内容を兼ね備えている。提示部と展開部をひとまとまりとして反復するという手法は、現存するシューベルト作品に類例がないため、シューベルトが反復記号の先に何を思い浮かべて筆を置いたかは謎に包まれたままである。