マックス・レーガー(1873-1916)はドイツ生まれの作曲家。20世紀初頭のドイツ音楽史を代表する作曲家の一人。同国、同時代にはリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)がいて、オペラや交響詩などのいわゆる「標題音楽」で名声を得ていた。その頃レーガーは、バッハ、ベートーベン、ブラームスら(いわゆるドイツ三大B)の諸作品を研究し、自らをドイツ音楽の正統的な後継者に位置付けようとしていた。一方では、リストやワーグナーの「拡張された和声法」の研究もしており、古典的な構成に同時代の和声法を組み合わせた極めて対位法的な楽曲がレーガー作品の特徴といえる。その作曲のスタンスは極めて「絶対音楽」であり、フーガと変奏曲を得意とした。
《左手のための4つの特別な練習曲》は上記のことが十分に垣間見れる作品である。この作品のように、右手を一切使わずに左手だけで演奏されることを念頭において書かれた作品は、作曲技法上書ける音符が制限されている。つまり身体的な制限も含めて、左手だけで演奏できる音型や音数は非常に限られてくる。この作曲上の難点を克服するためには多彩な和声感と、同型反復の「飽き」に絶えうるだけの変奏技術が必須である。フーガと変奏曲を得意としたレーガーはこれらの問題を見事に克服している。第1曲スケルツォ、第2曲ユモレスクでは練習曲特有のある種の硬さを感じられるものの、多彩な和声、音色、タッチの変化を奏者に要求しており弾きごたえのある楽曲である。第3曲ロマンスは同型反復を主体にしており、多彩な和声変化に加え高度な同型変奏技術が特徴的である。1894-1895年にかけてスクリャービンによって作曲された《左手のための2つの小品 op.9》をレーガーが聴いたという確かな根拠はないが、第3曲で見られる音型はスクリャービン作品でも多用されており左手作品の常套音型であろう。第4曲前奏曲とフーガはバッハ的な構成を見せており、特に3声のフーガは圧巻である。第4曲は大変難曲であり、演奏される機会は少ない。
全曲を通して休符が少ないのも特徴の一つである。この曲を演奏する場合(特に第3、4曲)、左手だけで練習するのと同時に、構成がはっきりしているため両手で演奏してみるのも効果的だろう。