作品概要
解説 (2)
解説 : 杉浦 菜々子
(560 文字)
更新日:2024年4月14日
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解説 : 杉浦 菜々子 (560 文字)
【解説】
1934年作曲。
山田耕筰のピアノ曲は、若き時代にその多くが作曲されている。1917年の12曲を最多とし、1916年は次いで8曲、1914年にベルリン留学から帰国して1917年ニューヨークに渡るその間が山田耕筰ピアノ曲の最盛期である。一方、この〈春夢〉の作曲年は1934年、48歳の年。〈赤とんぼ〉や〈この道〉などの代表的な歌曲の作曲よりも後である。〈春夢〉の自筆譜には舞踏者への指示と思われる言葉が書かれており、これは他の山田のピアノ曲の中で類を見ない。山田はベルリン留学後、 2 つの異なる芸術 ジャンルである舞踊と音楽を融合させ、「舞踏詩」という新たなジャンルを創設したが、この〈春夢〉もまたその系譜にある作品であろう。
[自筆譜に書き込まれた舞踏者への指示と思われる言葉]
b.2~6 「春の野辺。桜樹の下に若き男一人 逝きし人の小袖を抱えてくづをれてをる」
b.15~16 「蝶からむ。それを追う」
b.26 「遠くより声ある如く思はれ、声の方へと駆けよる」
b.27 「失望と軽い怒で」「やるせなき気持ちにて」
b.28~30「草花を投げたり踏んだりする」
b.31 「すねて帰る」
b.32~33 「小袖に気づく」
b.38~40 「小袖を強く抱いて 生ける人にもいふが如くかき口説きつゝ 立ち舞ふ」
演奏のヒント : 杉浦 菜々子
(742 文字)
更新日:2024年4月14日
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演奏のヒント : 杉浦 菜々子 (742 文字)
【演奏のヒント】
Langsam(遅く)
冒頭から5小節間、einsam(寂しい)etwas eilend(せき込んで)wieder ruhig(再び静かに)leidend aber sehr langsam(苦しみながらも非常にゆっくりと)と様々な言葉が添えてあります。これらの表記から、山田は単に速度の緩急だけでなく、心の移り変わりを演奏者に要求していることがわかります。9小節目でetwas eilend(せき込んで)、続く同じ音形の10小節目でetwas beschleunigend(少し加速)など、同じaccel.の要素でも、演奏者が意味合いの違いを感じ、繊細に歌い分けることが大切です。
27小節目からは、「失望感」「やるせない気持ち」の表現です。脱力し、硬い音にならないよう、虚脱感を表現しましょう。左手はとぼとぼと歩くような伴奏形になっているのに対し、右手は32分音符や7連符、装飾音など素早い動きが出ます。「草花を投げたり踏んだり」という言葉から得られる動きのイメージと連動させてみると良いでしょう。
このように、山田が楽譜に書き残した言葉を頼りに、動きと心境に十分演奏者が寄り添うことで生き生きとした演奏になることと思います。
ペダリングについては、最低限の記載がありますが、記載がないところももちろんペダルは必要で、演奏者それぞれが響きの混ぜ合わせ方を検討し、様々な可能性を試してみてください。また、山田が他の曲でも多用している小節線上のフェルマータは、無音状態になることもあるでしょうし、前からの響きが持続されることもあるかと思います。大切なのは、時の流れだと思います。どのような時が刻まれるのか(ぴたりと止まるのか、前の瞬間が継続されるのか)など考えてみてください。