民謡の調査・採譜が進められていた昭和16(1941)年、信時潔はピアノ曲《東北民謡集》を編んだ。曲集は20曲から成り、各民謡の採譜地および旋律採譜者は以下の通りである。なお、20曲中16曲の採譜者として名が挙がっている武田忠一郎は、我が国の民謡研究においてよく知られており、このとき日本放送協会仙台中央放送局で民謡調査に従事していた。
1.〈牛方節〉 岩手県九戸地方、武田忠一郎採譜
2.〈秀子節〉 秋田県仙北郡地方、茂林孝採譜
3.〈ドドサイ節〉岩手県雫石地方、武田忠一郎採譜
4.〈鍋子長嶺〉 岩手県南部地方、武田忠一郎採譜
5.〈南部松坂節〉 岩手県盛岡地方、武田忠一郎採譜
6.〈山唄〉 (東北地方)、武田忠一郎採譜
7.〈厨川節〉 岩手県厨川地方、武田忠一郎採譜
8.〈米搗き唄〉 岩手県稗貫郡亀ヶ森村、武田忠一郎採譜
9.〈三春甚句〉 福島県田村郡三春町、武田忠一郎採譜
10.〈松前追分〉 北海道松前地方、四竃訥堂採譜
11.〈そんでこや〉 三陸地方、武田忠一郎採譜
12.〈田植踊〉 岩手県遠野盆地、武田忠一郎採譜
13.〈田植踊〉 岩手県遠野盆地、武田忠一郎採譜
14.〈刈上げ唄〉 (東北地方)、武田忠一郎採譜
15.〈牛追唄〉 岩手県南部地方 松平頼則採譜
16.〈澤内甚句〉 岩手県和賀地方、武田忠一郎採譜
17.〈もとすり唄〉 岩手県南部地方、武田忠一郎採譜
18.〈いとこどの〉 岩手県胆沢地方、武田忠一郎採譜
19.〈さんさ時雨〉 宮城県仙台地方、採譜者不明
20.〈おばこぶし〉 秋田地方、武田忠一郎採譜
信時は民謡の重要性を充分に認識しており、ピアノ曲のみならず合唱曲としても《東北民謡集》を発表している。ただし、彼は民謡(民族性)の評価に関して、「充分意義のあることであるが、一面時代に逆う生活感情への停滞偏執の危険を蔵しており、民族主義の行き過ぎは往々音楽の普遍性をさまたげ、その国際性を弱めることもあるのを忘れてはならない。」と明記している(『心』第18巻3号、 東京:生成会、1965年)。
ピアノ曲《東北民謡集》のうち6曲が、昭和17(1942)年にエタ・ハーリヒ=シュナイダーのチェンバロ演奏でラジオ放送された。また同年、ポリドールから発売されたSPレコード『現代日本の音楽―チエムバロ邦人作品集』には、シュナイダーのチェンバロ演奏による12曲の《東北民謡集》が収録されている。