このソナタは、ソナチネを終えてソナタに入るための導入の教材としてはとても使い勝手がある曲かも知れません。テクニックはそこまで難しくありません。しかしながら学ぶことは多くあります。これはベートーヴェンの初期の作品で、この頃はハイドンの影響を多く受けていました。しかしながらこのソナタでもう既にベートーヴェンらしさが充分に見られます。
このソナタを指導する為には、学習者に次の事柄を説明しなければなりません。
1 方向性 全ての音楽は必ず向かっていく方向があります。それを指導します。
2 背景 ベートーヴェンの音楽の背景にあるもの。
3 強弱の特徴 ベートーヴェンの強弱の特徴。
それでは一つ一つ説明して行きましょう。まず1 の方向性に関して述べます。音楽は必ずどこかに向かいます。曲中には、最もテンションの高くなる箇所があり、次に各セクションやフレーズの中にもテンションの高くなるところ、低くなるところがあります。例えば、1小節目から始まって、最初のゴールは7小節目になります。最初はpから始まり、7小節目にはFFが書いてありますね。ですから、この7小節目に向かっている感じを1ー6小節間で出さなければなりません。
方向性が無い音楽というのは、決まって平坦な音楽になります。緊張感も、安堵感もなにもなくなってしまいます。この1ー8小節間は、とても方向性を学ぶのには適した場所です。1ー2小節間で1フレーズですが、3-4小節間は、1-2小節間のシークエンスですね、つまりは同じ音形が上行しています。1ー2小節間と3ー4小節間を比べたとき、あきらかに3ー4小節間のほうがテンションが高まりますね。5ー6小節間を見ると、これはどちらも、1ー2小節間の後半の部分のみの抜粋ですね。
例えば、誰かが台詞を語ったとします。1ー2小節間よりも3ー4小節間のほうが感情的になっていますが、今度はこの1ー2小節間の大事な部分だけを抜粋して、2回繰り返す(5ー6小節間)ということは、その台詞の重要な部分だけを2回繰り返していますので更に感情は高まっていると理解します。そして7小節目に達します。
ところで、この5ー6小節間の2つのフレーズ、2小節目と、4小節目とも同じなのですが、拍の頭が休符になっていることにお気づきだと思います。95小節目以降をご覧下さい。100小節目まで1拍目の表拍は休符になっていませんね。精神面でとても落ち着いた、安定した感じが出ます。ちなみに、2,4,5,6小節にそれぞれ、休符を無視し、その後に書かれている和音を拍の頭に入れて演奏してみて下さい。とても安定しますね。
即ち、この4分休符こそが、テンションを上げる原因になっているのです。そして7小節目のクライマックスに至っても4分休符は拍の頭に来ています。拍の頭に休符が来ると、とても激しさが出ます。そのように理解し、それを感じて演奏します。
次に、2の背景に着いて述べます。ベートーヴェンの音楽は器楽が背景にあります。弦楽四重奏やオーケストラがいつでも頭にありますから、たとえピアノの為に書かれた曲でも、ベートーヴェンの頭の中には常に器楽がありました。それを忘れずに演奏します。11小節目から20小節目1拍目までをご覧下さい。この部分こそまさに弦楽四重奏の部分なのです。
この部分の、多くの学習者の演奏は実に機械的で縦割りの演奏になります。しかし例えば11小節目、ト音記号のソプラノ部分が第1ヴァイオリン、アルト部分が第2ヴァイオリン、ヘ音記号のテノール部分がヴィオラ、バスの部分がチェロと考えて下さい。例えばヘ音記号では11ー14小節間、全音符のみが書かれていますね。ピアノで弾くと、当然なのですが、1拍目表拍にアタックが来ます。仮に弦楽器だとしたらどのような音色になるのでしょうか?滑らかに横に伸び、アタックは全く無い演奏になります。全ての4声部をそのように考えると、全音符の書かれている位置はただ単に音が変わる場所であり、アタックを付ける場所ではないことが理解出来ます。
20小節目まで、ずっと弦楽四重奏が鳴り響いている事を意識し、決してアタックを付けず、縦割りにならず、横に流れるように弾いて下さい。この部分こそ、レッスン内で学習者に弦楽四重奏を実際に聴かせ、それを真似させるようにします。」
そのような発想を持って、20小節目以降を演奏するのであれば、例えば22小節目、左手の2分音符であるDesは、次の拍でCに解決されますから、Cに決してアクセントが付かず、Desよりも音量を落とすようにします。
26小節目、右手の3つの8分音符もヴァイオリンが弾いていると思えば、3つ目の音にアクセントを付けるような演奏ではないことが解りますね。そして、緊張感を持ったまま31小節目のクレシェンドに入り、33小節目のゴール、37小節目のゴールにそれぞれ達します。47小節目もゴールですので、42小節目から方向性を持って47へ達するように演奏します。
次に3の強弱について述べます。ベートーヴェンは急にフォルテになったり急にピアノになったりするいわゆる、subitoのダイナミックをとても好んだ作曲家です。54小節目をご覧下さい。ここは、展開部が始まる49小節目から方向性をもって進んできた場所です。ですから55小節目の最初の音が最も大きくなるようにフォルテで弾くのですが、フォルテピアノがかいてありますね。すぐにpにします。このような急激な強弱の変化がベートーヴェンの特徴です。曲中、このような部分は多くありますね。