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グラナドス :詩的な情景 第1集

Granados, Enrique:Escenas poeticas I

作品概要

作曲年:1904年 
出版年:1912年 
初出版社:Dotésio
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:曲集・小品集
総演奏時間:8分40秒

解説 (1)

執筆者 : 小林 由希絵 (3249文字)

更新日:2018年12月17日
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 スペイン近代音楽を代表する作曲家エンリケ・グラナドスの作曲したピアノ作品集。

〈詩的な情景〉は、今回取り上げる第1集の3曲の他に、「遠い国々の想い出」、「修道院の天使」、「マルガリータの歌」、「詩人の夢」の全4曲から成る第2集がある。

 第1集、第2集ともに作曲された詳しい年については、はっきりとしたことは分かっていないが、1904〜1907年の間に書かれたものと思われる。この時期は、グラナドスが作曲家としてのみならず、ピアニスト、指揮者、また優れた指導者として多方面に活躍の場を広げ、音楽家として円熟期を迎えつつあった時期である。

 第1集は、1912年に〈祈りの書(Libre de Horas)〉と共に、マドリードの大手楽譜出版会社であるカーサ・ドテシオ社から出版。続く第2集の出版は、第一次世界大戦中の1916年に自身の代表曲である〈ゴイエスカス〉のアメリカ初演旅行を終えて帰ってくる際に、乗船していた船がドイツ海軍のUボートの無差別攻撃に遭い、悲劇的な最期を迎えた後のことであった。

 1867年、スペイン東北部カタルーニャ地方の街・レリダに生まれたグラナドスはアルベニスやファリャらと共にスペイン国民楽派を牽引し、スペイン音楽界を盛り上げた立役者の1人である。

特に7歳年上のアルベニスとは、十代前半の頃から、バルセロナで最高峰のピアノ教師であったジュアン・バウティスタ・プジョールのもとで共に研鑽を積み、パリ留学中も含めて長きに渡って親交を深めたが、グラナドスの音楽性は、他のスペイン国民楽派の作曲家たちとは一線を画すものであった。

 グラナドスは、アルベニスやファリャなど多くのスペイン国民楽派の作曲家たちと同じように、スペインの民族音楽に深い愛着を持ち、〈スペイン舞曲集〉や〈6つのスペイン民謡による小品〉、〈モーロ人の踊りとアラブ人の歌〉など、スペイン民族音楽に題材を得た作品を書く一方で、ショパンやシューマンなどドイツ・ロマン派の作曲家たちに強く憧れを持ち、ロマン派の影響を大きく受けたピアノ作品も数多く書き残している。

〈詩的な情景〉は、〈詩的なワルツ〉、〈ロマンティックな情景〉、〈6つの表情的練習曲〉などと並んで、グラナドスのロマン主義的な部分が色濃く反映された作品のひとつである。

この曲集は、グラナドス自身のルーツであるスペイン的な一面と、ロマン派音楽の後継的な一面とを併せ持ったグラナドスにしか表現なし得ない美しさをたたえている。

 

第1曲「子守歌」…Amorosamente、4分の4拍子、ト長調。

 A-B-Aの三部形式で書かれており、終始穏やかな空気に包まれている。

冒頭のAの部分は、優しい子守歌のメロディと、幼子を揺らすゆりかごを思わせるような8分音符のリズムがとても心地いい。

 続く20小節目からの中間部に入ると、拍子が4分の4拍子から4分の2拍子へと移り変わる。ここからは調号がなくなり、半音階的に和声が変化していき、まるで夢の世界の中にいるかのような幻想的な雰囲気を醸し出している。作曲者自身の手によって「ad libtum.」と記されているように、夢見心地に自由に演奏してほしい。中間部の出だしは、ピアニッシモ、かつ、sotto voce e un poco meno mosso と明記され、小さな音量から始まっていくが、24小節目から次第にクレッシェンドしていき、39小節目まで行き着くとフォルテに達する。

 44小節目からは、再び冒頭の子守歌のメロディが静かにピアニッシモで奏でられ、美しく幕を閉じる。

 グラナドスと同郷のカタルーニャ出身で、グラナドスの友人でもあった世界的チェリストのパブロ・カザルスは「グラナドスは、スペインのシューベルトである」と語っていたという。「子守歌」というと、〈シューベルトの子守歌〉が有名であるが、カザルスの言葉が示す通り、この曲の甘く優しい子守歌の美しい旋律は、まさにスペイン版〈シューベルトの子守歌〉と言える。

 

第2曲「エヴァとワルター」…Lento molto espressivo、4分の3拍子。

 曲のタイトルとなっている「エヴァとワルター」とは、リヒャルト・ワーグナーの有名な楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」に登場する二人の名前。(「エヴァ」はEvaのスペイン語読みで、原語のドイツ語では「エーファ」。)

 物語のあらすじは、ニュルンベルクに住む金細工師ポークナーの娘エーファは、フランケン地方から来た若い騎士ワルターと恋に落ちるも、エーファと結婚するためには、マイスタージンガー(職匠歌人)の資格を有する者だけが出場することを許された歌合戦で優勝しなければならず、ワルターはエーファと結婚するために悪戦苦闘するというもの。

 19世紀のクラシック音楽界を二分する一大論争を巻き起こしたワーグナーであったが、ドイツやフランスなどのヨーロッパ諸国と時差はあったものの、20世紀初頭のスペインにもワーグナー旋風は吹き荒れていた。

1905年にバルセロナで上演された「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の初演を観劇したグラナドスは、ワーグナーの斬新な音楽に衝撃を受け、この曲を作曲している。

 「エヴァとワルター」の中には、ワーグナーの真骨頂とも言うべき「トリスタン和音」(下から順に、増4度、長3度、完全4度の和声から成る「減5短7の和音」)を思わせるような和声や半音階的旋律、明確な段落や終始を伴わず、音楽が途切れずにどこまでも流れながら発展していく「無限旋律」など、これまでのグラナドス作品の中には見られないワーグナー的な新しい作曲技法が数多く使われている。

 ドイツ・ロマン派の流れを受け継ぎ、新ドイツ楽派として次々と新しい作曲技法を生み出して行ったワーグナーの作品に生で触れるという経験は、スペイン民族音楽に重きを置きながらも、ショパンやシューマンなどドイツ・ロマン派の音楽に強く憧れを抱き、自身を「ロマン派音楽の後継者」ととらえていたグラナドスにとって、とても大きな出来事であったことが見てとれる。

 

第3曲「ばらの踊り」…Non vivo e molto semplice con ritmo、4分の3拍子、変ロ長調。

 第2曲の「エヴァとワルター」は、ドイツ・ロマン派の流れを継ぐ新ドイツ楽派を代表するワーグナーの作風の影響を強く受けた作品であったが、それに対して、第3曲の「バラの踊り」は、グラナドスの故郷のスペインの色彩が色濃く出た作品となっている。

 3拍子のワルツに載せて、愛らしいメロディから曲が始まる。4小節のモチーフが奏でられたのち、メリスマ的な細かい装飾を伴ってモチーフが変奏されていく。このような変奏形式はフラメンコ音楽などによく用いられ、非常にスペイン音楽らしい特色である。左手には完全5度のバスが通奏低音(ドローン)として鳴り続け、異国情緒あふれるオリエンタルな雰囲気を醸し出している。

 2小節間のmenoを挟んで中間部へ入ると、臨時記号を用いる形で変ロ長調から変ニ長調へと転調する。ここでもフラメンコの歌唱を思わせるようなメリスマ的装飾がほどこされた旋律が登場し、フラメンコギターを彷彿させる伴奏と相まって、スペイン的な色合いをより濃厚にしてゆく。

 短い6小節間の中間部を経て再現部になると、再び冒頭のメロディが顔をのぞかせる。

左手には冒頭で登場した通奏低音(ドローン)と共に、さらにフラメンコギターのような装飾のついた伴奏も加わり、さらに華やかな色彩感を解き放っている。

 コーダにあたるLentoの部分に入ると、遠くの方から教会の鐘の音が鳴り響くように、印象的な和音が5回に渡って書かれ、ひっそりと幕を閉じる。

 A-B-Aの三部形式に、6小節ほどのコーダが付け加えられた全32小節のシンプルな楽曲だが、グラナドスのスペイン人らしい感性が散りばめられた味わい深い一曲となっている。

執筆者: 小林 由希絵

楽章等 (3)

子守歌

総演奏時間:4分00秒 

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エヴァとワルター

総演奏時間:3分00秒 

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ばらの踊り

総演奏時間:1分40秒 

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