ヴィーン定住後の最初のピアノ協奏曲。1782年末から翌年にかけて立て続けに作曲された第11~13番の中で、この第12番がもっとも早く生み出されたと考えられている。初演はこのシーズンの予約演奏会において。
この時期のモーツァルトの書簡(1782年12月28日)によれば、彼のピアノ協奏曲は「むずかしすぎず易しすぎず、音楽通はもちろん、そうでない人もなぜだか満足」できるように作られているという。そのことば通り、この時期の3つのピアノ協奏曲はシンプルな構成で耳に快く、充実した内容をもっている。また、管楽器抜きの弦楽四重奏編成でも演奏できるよう仕上げられている点でも共通している。この第12番の編成は、独奏ピアノの他には、オーボエとホルンが2本ずつ、そして弦4本という小さなものである。
ピアノ協奏曲というジャンルは、社交的で華やかな作品として、モーツァルトの演奏会において効果的なレパートリーであった。また、作曲と演奏の両方を披露できるという点でも、ヴィーンにおけるモーツァルトの名声の確立に大きな役割を果たしたのであろう。この後、彼の人気の上昇とともにピアノ協奏曲の数も増えてゆくことになるのだが、この作品はそのきっかけになったともいえるだろう。
各楽章にはモーツァルト自身によるカデンツァが2種類ずつ、また第2楽章にはアインガングも2種類残されている。
第1楽章:アレグロ、イ長調、4/4拍子。協奏的ソナタ形式。ヴィーンの社交界デビューにふさわしい明るさと伸びやかさ、そして華麗さを備えた楽章。ピアノは楽章を通して主導的に活躍する。
第2楽章:アンダンテ、ニ長調、3/4拍子。小規模な協奏的ソナタ形式。抒情的な第1主題に続く第2主題は、前楽章の第1主題と似通っている。調も同じイ長調となる位置に配置されている点が興味深い。
第3楽章:ロンド。アレグレット、イ長調、2/4拍子。ロンド形式。軽快なロンド主題からの素材がエピソードに取り込まれているほか、2つのエピソードが互いに関連しているなど、同じ素材が何度も現れるため、親しみやすい楽章である。