第1番 変ホ長調 WoO 47-1
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ処女作と言えるこの作品は、マンハイム楽派が確立した緩‐急‐緩の三楽章構成を取っており、師ネーフェの指導の跡がうかがえる(なお、ベートーヴェンの初出版曲は《ドレスラーの行進曲による9つの変奏曲 WoO.63》である)。
マンハイム楽派の特徴には、旋律の優位性(もはや通奏低音の発想はない)、「打上げ花火」と呼ばれる息の長いクレッシェンド、ため息動機(二度下行の音型)、強弱の劇的な表現(非常に短い間隔でもfとpが交代するなど)、弦楽器から独立した管楽書法(特に木管)などが挙げられる。その演奏は一世を風靡し、全欧が熱狂した。モーツァルトもマンハイム楽派から多大な影響を受けている。この《選帝侯ソナタ》がモーツァルトに似ているように感じられるのは、「マンハイム楽派」という同じルーツを持つからにほかならない。
第1楽章 Allegro cantabile アレグロ・カンタービレ
変ホ長調、4分の4拍子。発想標語の「歌うアレグロ」に、明らかなマンハイム楽派の影響が見られる(旋律の優位性)。主要主題の書法は木管による室内楽を想起させるもので、穏やかで明るい雰囲気に包まれている。頻繁に交代する強弱も、マンハイム楽派からの影響であろうが、その楽想は演奏効果を狙ったものというよりは、少年ベートーヴェンの茶目っ気を思わせる。
第11小節からの副主題は上方二度のモルデントや前打音を伴う歌唱的な旋律で、まさに「小鳥」の歌である。展開部(第31小節~)は主要主題を属調の変ロ長調で反復するもの。第41小節で印象的にハ短調の新たな主題が登場し、華やかなアルペッジョによる経過句を経て、主要主題の再現を略し、第56小節~副主題が主調の変ホ長調で再現される。
第2楽章 Andante アンダンテ
変ロ長調、4分の2拍子。緩徐楽章。
主要主題には第1楽章の冒頭の動機(付点リズムのアウフタクトが4度上行するモチーフ)が用いられているため、楽章間に統一感がもたらされている。副主題は第13小節よりテノールの音域で奏される。展開部は第31~36小節のわずか6小節間で、左手の装飾的なパッセージに導かれて再現部に至る。再現部では副主題も主調で回帰しているため旋律はアルトの音域となっており、提示の時よりも柔和な表情である。
第3楽章 Rondo vivace ロンド・ヴィヴァーチェ
変ホ長調、8分の6拍子、ロンド形式。もっとも古典的なロンド形式の構成で、主題(A)が、三つのエピソード(B, C, D)ごとに繰り返される(A-B-A-C-A-D-A)。主題は8小節からなる木管風の軽やかな曲調。
一つ目のエピソード(第9小節~)は、主題に続いて変ホ長調ではじまり、走句的な後半では変ロ長調に転じる。
二つ目のエピソード(第45小節~)も主題と同じ変ホ長調で始まるが、左手のオクターヴが強い性格を持ち、fとpの対比が鮮やか。
カデンツァ風の右手(第56小節~)は技巧的な華やかさを持ち、第63小節で突如として現れる変ホ短調には、ベートーヴェンの激情を垣間見るようで、ハッとさせられる。
三つ目のエピソード(第80小節~)はハ短調。これはのちのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」や、交響曲第5番「運命」でも用いられる、ベートーヴェンにとって重要な意味を持つ調である。