ベートーヴェンの9つの交響曲は、19世紀から20世紀に至るまで、チェルニー、リスト、フンメル、シャルヴェンカ、カゼッラなど多くの作曲家たちよってピアノ用編曲が作られてきた。ラヴィーナ以前の主要な4手用編曲はチェルニーのものであろう。チェルニーの編曲は19世紀前半の技巧追求の風潮を反映しており、ピアノ特有の難技巧がしばしば登場する。巧みな演奏による効果を意図したチェルニーの編曲に対し、ラヴィーナの編曲は、いっそう豊かな響きが引き出せるようになった当時のピアノの音響効果を最大限に生かそうとしている。
ラヴィーナは、オーケストラ曲を一曲も残していない。それにも拘わらず、ベートーヴェンの交響曲のスコアにすべて目を通しこれほど効果的な編曲が作れるのは、普段からオーケストラを聴いていたからであろう。1828年、パリ音楽院演奏協会というオーケストラ団体が設立されて以来、音楽院ホールでは20世紀までベートーヴェン交響曲が毎年頻繁に演奏されていた。それゆえCDなど録音技術がなかった時代にも彼はこれらの作品を集中して聴くことができたはずである。また、ラヴィーナは初見演奏の達人であり、スコアをピアノで演奏する技法を教える伴奏科のクラスでも、若いころに難なく一等賞を取っている。このことからも、彼がオーケストラ作品を理解する能力がきわめて高かったことが推察される。そもそも、彼のピアノ書法自体がしばしばシンフォニックである。このあまりに有名なベートーヴェン作品についての詳しい解説は不要であろう。