ワーグナーが「第一級の風景画家」と言ったように、メンデルスゾーンは情景描写や標題音楽の作曲において才能を発揮している。
この“言葉のない歌曲”、「無言歌」、という形でメンデルスゾーンは心象風景や感情描写までも、表現した。歌曲風の旋律をもった器楽曲であるため、旋律線をはっきりと浮き立たせ、抒情的に演奏することが重要だろう。
メンデルスゾーンが活躍したこの時期、ブルジョアジーの家庭を中心に、ピアノが教養として普及した。そのため、家庭で気楽に弾ける作品が多く作られたが、この《無言歌集》もその一つである。
《無言歌集》は各6曲ずつの計8集からなり、生前に出版されたのは、第6集までである。第7集は、1851年、第8集は1867年に出版された。1832年、第1集を出版したときには、メンデルスゾーンは、《ピアノのためのメロディー》と記しており、《無言歌集》の名称をもつようになったのは1835年に第2集を出版してからのことであった。
標題をもっているものが多いが、作曲者自身によってつけられたものはわずかである。実際、メンデルスゾーンは標題をつけることによって、音楽的な想像力が限定されることを嫌っていたようだ。
第5巻
《無言歌集》第5巻は、友人シューマンの妻であり、女流ピアニストでもあるクララ・シューマンに献呈されている。音楽内容も充実したものとなっている。
1.ト長調「5月のそよ風」 / op.62-1 (1844)
伴奏の音形において、2拍目が同じ2音間の反復でできている。
2.変ロ長調「出発」 / op.62-2 (1843)
3.ホ短調「葬送行進曲」 / op.62-3 (1843)
ヨーロッパ伝統の葬送のリズムによりはじまる。行進は荘厳に、重々しい様子で進み、しだいに遠ざかっていく。
4.ト長調「朝の歌」 / op.62-4 (1844)
5.イ短調「ヴェネツィアの舟歌 第3」 / op.62-5 (1844)
6.イ長調「春の歌」 / op.62-6 (1842)
「春の歌」として最も広く親しまれている。ピアノ用のみならず、ヴァイオリンや、その他の独奏曲にも多く編曲されている。小さな音符で示された音形を、いかにうまく旋律にそわせていくことができるかが問われる。繊細な技巧と感性を要求する。