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エーベルル :グランド・ソナタ Op.39

Eberl, Anton:Grande Sonate Op.39

作品概要

作曲年:1806年 
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:ソナタ

解説 (1)

総説 : 丸山 瑶子 (2786文字)

更新日:2018年3月12日
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《大ソナタ》Sonate Grande ト短調 作品39  エーベルルの絶筆となったソナタ。1806年に演奏旅行でヴァイマルを訪れた際、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公女マリア・パヴロヴナに委嘱された作品で、死後まもなくヴィーンのヴァイグルThadé Weigl、のちにブライトコップフ・ウント・ヘルテル社から出版された。エディションHH社刊行譜の校訂者クリストファー・ホグウットが指摘するように、斬新な形式や調プラン、全楽章共通の音列(6度跳躍と2度下行)による作品全体の統一など、巧みな構成が目を引く。また高音域の拡大や細かい強弱法はエーベルルの従来のソナタの限界を超えており、微細なペダル指示はモーツァルトら前世代と次世代のペダル用法の過渡的な状態を示すと指摘されている。 第1楽章 Allegro appassionato 2/2 ト短調 ・提示部  ソナタ形式の枠組みが用いられているものの、規則的な楽節構造や調性の安定した領域が乏しいため、幻想曲風の性格が強い。モットー風の動機(a)で開かれる主調領域でさえ、等しい長さの前・後楽節から成る楽段や完全終止が現れないため、主題としての完結性に欠ける。   また早くも第6小節から冒頭動機が断片化され、調も一時的に主調から離れるため、冒頭の楽想は主題としての性格が曖昧にされている。しかも、第19小節で、初めてのト短調の完全終止が現れたかと思えば、もうそこは即興的な移行部の開始である。ここでは和声的な区切りがなく次々と新素材へ移りながら、両手が鍵盤上の広い音域を駆けていく。  副主題は平行調ではなく、中間楽章と同じVI度調の変ホ長調で始まる。また副主題は、楽段構造を持つ点で、楽章冒頭とは対照的である。反面、後楽段の付点リズム動機、二度進行、副属和音には、楽章の冒頭素材との関連が認められる。第57小節以降は転調に富む幻想曲風の部分で、終結部への移行と位置付けられる。ここでも旋律やテクスチュアの点で、副主題への移行と共通する楽句が認められ、楽章内各部の関連づけのために作曲家が素材を注意深く用いていることは明らかである。  終結部でも動機aが執拗に反復されるなか、なお調の移ろいが続く。その単調な流れが増6和音の強烈な不協和音を含む和音進行によって遮られるや否や、減七和音上で右手が高音から駆け下りて左手とオクターヴユニゾンになり、提示部の反復ないし展開部へ至る。  ・展開部—再現部  展開部は提示部の素材に基づく三部分に区分できる。なお展開部で楽章冒頭動機aが十分活用されていることと均衡をとるかのように、副主題までの再現は省略されている。すなわち展開部末尾のト短調ドミナント上のパッセージに提示部移行部のパッセージが直接続き、楽章冒頭を再現することなく、副主題が主調の同主長調のト長調で再現する。  楽章の残りの部分は、終結部への移行部の短縮や終結部のト長調開始を除いて、おおむね模範的なソナタ形式の型通り。楽章の最後は名人芸的なパッセージとフォルティッシモのオクターヴ和音進行で力強く締め括られる。  第二楽章 Adagio molto espressivo 4/4 ホ長調  三部形式。Aは前半が全声部の和音進行、後半が8分音符の分散和音伴奏に特徴付けられるのに対して、変奏曲によくあるように、それぞれ伴奏音型がA’は六連符の分散和音、A’’は64分音符のトレモロへと、より短い音価の音型に変化する。加えて、BとC部も互いに共通点をもつため、変奏曲風の印象も与える。A(24[12+12]小節)は3度ずつ下行する分散和音(動機a)とコラール風の和音進行を特徴とする。また、前半と後半でエーベルルの好んだ三度関係調へ一時的に転調する。A’、A’’では第10-20小節に相当する部分が省かれている。  B部は単調な和音伴奏がA部と対照を成す。和声では後続の変イ長調のA’が遠隔調ニ長調、ニ短調で準備されるのがやや異例と言えよう。またA’は旋律が技巧的な歌唱声部のように装飾されたベル・カント様式で書かれている。C部は左手の和音伴奏やシンコペーションを含む順次下行旋律がB部と共通する反面、調性はB部とは対照的に安定している。コーダでは動機aが和音のトレモロを背景に執拗に反復される。楽章末はフェルマータを間に挟みつつ、両手がオクターヴで旋律を紡いでいくレチタティーヴォ様式に一変する。ここでは動機aと終楽章冒頭の動機が交互に現れ、最後に音楽がト短調の上主音上に留まり、右手が2度下行して滑りだすように終楽章を始める。  第三楽章 Allegro agitato vivace assai 3/4 ト短調  ソナタ形式。テンポや強弱の揺れに富んだ、パトスに満ちた楽章である。本作品より前に作曲されたベートーヴェンの2つのソナタ、作品14第2番(1798年)や「テンペスト」ソナタ(1802年)の終楽章との主題音型の類似は、研究史上、再三指摘されてきた。移行部はセクションの開始と終了の対応関係が興味深い。すなわち開始は低音の音階上行で転調が始まり、音階下行で副主題群の開始に至る(音価の長い左手の和音も両者に共通)。副主題では、副属和音を通じてト長調の響きが残るのに加え、主題が決定的な変ロ長調の完全終止で閉じられることのないまま終結部への移行が始まるため、和声、旋律両面において主題としての安定感が薄い。以降、途中に変ロ長調の全終止を挟みつつも、終結部の終わりまで調性は安定しない。  ・展開部  展開部は提示部最後の和声から予想されるト短調ではなく、ト音上の和音を属和音としてハ短調で始まる。展開部冒頭はコラール風の新主題が示され、その後、三連符のパッセージ、提示部の素材や展開部冒頭の新主題に基づく複数のセクションが続く。再現部直前には第二楽章の一部が再帰し、ここにエーベルルの非凡な様式特徴が表れている。  ・再現部   再現部では両主題の主調再現に応じて、提示部における副主題への転調部分を提示部から変更する必要がある。本楽章でエーベルルは、楽章冒頭10小節の再現の後に、第11小節の和音動機を反復して調プランを簡潔になるよう調節し、移行部ほぼ全体を省略している。以降は終結部の途中(提示部第123小節)まで定型通りの再現。コーダでは異名同音を利用したフラット系のハ短調からシャープ系のホ短調への大胆な転調によって和声的領域が格段に広がっている。また主調属和音後に、休符を挟む、ト音上の長三和音を繰り返しハ長調の属和音に読み替えるといった手法により、安定的な主調トニックが再三避けられ、これがコーダの規模の拡大を支えている。その内容も主要主題の加工や転調が豊かで充実したものとなっている。

執筆者: 丸山 瑶子
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