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エーベルル :ソナタ Op.1 ハ短調

Eberl, Anton:Sonata c-moll Op.1

作品概要

作曲年:1792年 
出版年:1798年 
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:ソナタ

解説 (1)

楽曲分析 : 丸山 瑶子 (3272文字)

更新日:2018年3月12日
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ハ短調 ソナタ形式。 1. 序奏 Adagio  幻想曲風の序奏では、ラメントの4度下行(註1)を含む旋律、減七和音、シンコペーションが全体的に重々しい雰囲気を与えている。序奏前半第5小節から、低音が主音C音からドミナント調の導音Fis音までゆっくりと下行し、最終的にハ短調の属七和音に半終止する。後半部はいくぶん例外的な嬰ホ短調で始まり、前半とは対照的に複数の調を移ろう。  2. 主題提示部 Allegro con brio  アレグロ主部の冒頭主題は、テクスチュアや動機などが序奏と共通する一方、付点のないリズムと上行形を主とする旋律線は、序奏と対照的である。推移部では、主題の付点リズム動機bが副声部に組み込まれる、主題の下行旋律が両手の模倣動機に使われるなど(第42小節~)、すでに主題の動機操作が始まっている。  ・副主題群  副主題群の最初の楽節は、序奏と共通点を持つ(形式図参照)。この点、アレグロ冒頭主題と通じるが、テクスチュアはユニゾンの後者とは対照的に、片手がオクターヴの旋律声部を、もう片手が分散和音で旋律線を補強しつつ伴奏を担う。主題後楽節の全終止は次の8小節楽節の開始音となる。この楽節の繰返しは、終止部分が変更されて一時的に変ホ長調を離れ、この和声の移ろいが第91小節の変ホ長調の全終止の効果を強めている。  そののち第111小節までのセクションは既出の動機が活用されている。ただし各楽節の動機、テクスチュア、和声進行などが互いに異なる楽節が並置されるため、音楽的に唐突な変化が生じているように見える部分もある。  註1  ラメントとは「嘆き」の情念(アフェクト)を表すために用いられた音型で、悲哀に満ちた歌詞を持つ歌唱曲のほか、器楽でも用いられた。多くはバスに現れ、完全4度の下行音階から成る音型が繰返される。このバス定型はラメント・バスと呼ばれ、19世紀にも広く用いられた。  註2  フォーブルドンとは、もともとは15世紀の多声音楽の即興的な歌唱法や速記法を意味し、上声と低声の間、上声の4度下に第3の声部を加えて歌唱声部を拡大する方法を指した。最上声と低声2声の関係がそれぞれ6度、完全4度となり、6の和音が連続する和音進行を形成する。   ・展開部~再現部  展開部前半は主要主題の動機操作に充てられる。  展開部後半では、楽句とリズムの圧縮により推進力が高められていく。すなわち、提示部由来の動機aによる模倣楽句が4小節になって現れ、次いで楽句後半の動機が16分音符の音階動機に変わって2小節楽句に短縮され(第48小節に由来)、主題冒頭の2分音符進行が外れて形式単位がさらに切り詰められる(第147小節)。  本楽章では上記のように、主要主題は展開部で十分に活用される分、提示部と同じ形での主要主題の主調再現は省略される。代わりにG音の保続音に準備され、副主題と楽章の主調ハ短調の同時回帰から再現部ととれる。その後は終結主題まで提示部のほぼ忠実な再現である。なお提示部と同じく再現部副主題にもヘ短調への一時的な揺れが保たれている。後述する終楽章の調プランも考慮すると、本作品でサブドミナントが重視されていたのは間違いない。  終結主題の全終止に直結するコーダには、主要動機a、b、cが全て現れ、楽章を要約するようである。  第2楽章 Andante espressivo 4分の2拍子 変ホ長調  ベル・カント様式を基調とする優美な緩徐楽章。冒頭主題は直後に繰返されるが、その際、後楽節は新たな6小節の楽句(aとする)に書き替えられているため、A部全体は不均衡な形式構造になっている。  推移部では動機、テクスチュア、長さにおいて互いに共通点の少ない楽句がカデンツなしに並列される。  B部は形式構造や後半(第43小節~)に楽句aが現れる点でA部と対応関係にある。その一方で、旋律声部と伴奏声部がそれぞれ左右の手に配分されていたA部に対し、B部では旋律の一部が両手の三度平行になるなど、テクスチュアにはA部との差異化が配慮されているようである。またB部は明確な楽節構造や変ロ長調の調性が保たれる点で、主題的なまとまりを感じさせるものの、多くの倚音、全終止の先送り、そして楽章後半でB部が再現しないことから、経過的なセクションと位置付けられる。  B部の決定的な全終止を欠いた和声的な宙吊り状態を相殺するように、C部では主音B音が8小節も保続する。装飾的な旋律と16分音符の伴奏の流暢さもB部とは対照的である。しかし第60小節から一転、4分音符と8分音符の2度下行や不規則なアクセントを持つ、そろそろとした歩みとなり、A部の回帰へ進む。  楽章の残りは非常に簡潔な構造で、この簡潔さは、A部の後に楽句aが繰返されることで得られている。すなわち楽句aからC部へという流れは既出であるため、移行部分やB部のカットを調整する新たな楽句なしに、A→C部のスムーズな移行が実現されているのである。C部後半の下行旋律は二重付点や休符が使用され、初出より遅々とした歩みになっている。伴奏が16分音符に変わり、音楽が再び滑らかに動き出したところからコーダが始まる。  第3楽章FINALE Allegro molto 8分の6拍子ハ短調ソナタ形式  ・提示部  主題冒頭8小節は、左手の跳躍による音域の規則的な拡縮も手伝い、リズミカルに仕立てられている。第8-17小節は動機、和声の両面からみて冒頭8小節の変奏と見做しうる。  副主題群第一のセクション(第38-57小節)は、楽章冒頭主題とは対照的に、一定の音域幅の中で左手はアルペジオに、右手は旋律声部に終始一貫する。  第二セクション(第57-73小節)は既出素材(動機b、c)に基づく。全体は変ホ長調を基準とするものの、第73小節までは副次ドミナントや半音進行が目立つため、移行部的な性格が強い。ここでは拍節構造の工夫も見られる。すなわち動機cが、まずは移行部と同じ拍節構造で、そのあと第67小節から動機の開始位置を半小節ずらして引用されているのである。元来の拍節構造に戻り、変ホ長調のトニックに解決すると、移行部第22小節に対応する楽節が初出時からの変更を伴って再現し、終結主題を導く。このように副主題への移行と、終結主題への移行とに同じ素材が用いられることで、形式上の役割が類似する箇所の対応関係が強まっている。   ・展開部  展開部冒頭の転調は、提示部末尾の和音動機のEs音を半音下げるとヘ短調の導音eになるのを利用したものである。この後、終結主題に基づく転調部分が続く。  主要主題が断片的に現れたのち、調性はト短調へ進み、動機、和声両方から再現部を準備するかにみえる。しかし第129—130小節でト短調の主和音がVI和音第1転回形へ進むのを機に和声はト短調から離れてしまう。そのため第134小節から動機aの変形とg音の保続音でもう一度再現部の準備が始まる。ここでエーベルルは動機を短縮し、左手を2度進行に、右手はト音を切れ切れに繰返すのみに限定する、と音楽の推進力を極限まで抑えてから、アウフタクトで勢いをつけて主題再現に入っていく。  ・再現部 再現部は提示部のほぼ忠実な再現である。ただし副主題の調性が作品の主調ハ短調ではなく同主長調で始まる点は注目される。 他に目を引くのは、終結主題の途中に加筆された大胆な和声進行を伴う挿入句である(第214小節~)。すなわち低音はg→as→aと一小節ずつ半音上行し、ヘ短調の減七和音、ヘ短調主和音第一転回形を挟んでト短調の減七和音と鋭い不協和音が鳴らされるのである。ここでエーベルルが既出の音楽の流れを遮る仕掛けを意図的に挿入し、聴衆の意表を突こうとしたことは間違いない。 ソナタを締め括るコーダは、両手の声部交替や急速な上行分散和音など技巧的なパッセージで構成され、演奏者の最後の腕の見せ所となっている。

執筆者: 丸山 瑶子
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