デュティユー :ピアノ・ソナタ
Dutilleux, Henri:Sonate pour piano
総説 : 平野 貴俊 (544文字)
アンリ・デュティユーのピアノ曲のうち最も規模が大きく、演奏頻度の多い作品。フルートとピアノのための《ソナチネ》(1943)など管楽器の小品と並んで、最も広く普及したデュティユーの作品である。音楽大学の試験やコンクールといった教育の場においても、20世紀ピアノ作品の重要なレパートリーとして位置づけられてきた。 1938年にカンタータ《王の指環》でローマ賞大賞を獲得するなど、デュティユーは1930年代から作曲家として活躍していた。しかし彼にとっての「作品1」は、1947年に書かれたこの《ピアノ・ソナタ》であり、この作品をもって自身の様式が確立されたとデュティユーは考えていた。
3楽章からなり、伝統的なソナタ形式にもとづく。単独で演奏されることも多い第3楽章「コラールと変奏」の構成は、デュティユーによれば、ソナタの原理に拠っている。作品を支配する明確な調性は存在しないものの、嬰へ音や変ニ音が核として機能することで、比較的安定した調性感が与えられている。デュティユー夫人となったピアニスト、ジュヌヴィエーヴ・ジョワ Geneviève Joy(1919~2009)に献呈され、1948年4月30日、国民音楽協会の演奏会(パリ)でジョワによって初演、1949年にデュラン社から出版された。
楽曲分析 : 平野 貴俊 (2110文字)
◆第1楽章 アレグロ・コン・モート、ソナタ形式 [提示部](1~111小節) 嬰ヘ音を核とする滑らかな旋律による第1主題が序奏なしで示される。右手の長7度と左手のスタッカートによるバスを特徴とする経過句を経て、第1主題(譜例1)がふたたび示される。両手ともにスタッカートの経過句を経て、5ページ冒頭(65小節)で第2主題(譜例2)が示される。嬰へ音を際立たせた滑らかな旋律が強調される点は第1主題と同じである。小結尾では、「明るく透明に clair et cristallin」と指示された高音域での急速な音型から、低音域へと一息に下行する。7ページ下部(101小節)には、音を出さずに鍵盤を押さえよとの指示があるが、「共鳴 résonances」への関心はデュティユーの以後のピアノ書法を特徴づける要素のひとつである。 譜例1 譜例2 [展開部](112~225小節) 息の長い緩やかな旋律が和音によって支えられる。右手の旋律のみに着目するとハ短調のようだが、左手の伴奏は嬰ハ短調に近い調性にもとづく。十六分音符による装飾的音型が静的な雰囲気をしだいに破りはじめ、展開部冒頭の旋律の動きが強調される。11ページ冒頭(182小節)のフォルティシモ以降は和音の刻みを中心とするが、12ページ冒頭(206小節)で第1主題の八分音符の動きが戻り、再現部が準備される。 [再現部](226~332小節) 第1主題に続き、高音域で第2主題が再現される。再現が一通り終わると、第2主題にもとづく補足的展開部となり、スタッカートとアクセントを絡めながら両手がオクターヴで敏捷な動きを重ねる。クライマックスでは第1主題が高らかに現れ、次第にダイナミクスを弱めながらポコ・アニマンドのコーダへ至る。 [コーダ](333~366小節) 第1主題がふたたびクレッシェンドを受けて強調され、冒頭とは対照的に、スタッカートの乾いた音で終わる。
◆第2楽章 リート、ABA形式 [A](1~41小節) 半音階的な下行音型から始まる第1主題(譜例3)は変ニ長調の調号をもつが、ホ音を中心とする第2主題(譜例4)はホ長調の調号をもつ。21ページ中央から下部にかけて(21~27小節)第1主題が反行で現れたあと、ふたたびもとの形で再現される。 譜例3 譜例4 [B](42~73小節) 唐突に現れる右手の三十六分音符の連なりによって即興的な動きが与えられる。やがて左手もこれに応じ、右手の旋回的な音型を支える。 [A](74~97小節) 再現は第2主題、第1主題という順番で行われる。最後に現れる変ニ長調の主和音は、この楽章の対称的な構造を示唆している。
◆第3楽章 コラールと変奏 [コラール](1~27小節) 高音域でコラールが明快に提示される。最初は高音域と低音域が極端な対比を見せるが、まもなく高音域の音型を模倣する形で中音域が現れる。いったん落ち着いたあと、ピアニシモでふたたび動きを取り戻し、アッチェレランドから第1変奏へつながる。 [第1変奏](28~150小節) 一種のフガート。左手のスタッカートによる伴奏の上で、冒頭の音型が反行で現れ(32ページ下部、78小節)、以後は反行形を基本として展開する。右手にレガートで現れる主題はニ長調の調号をもつ。 [第2変奏](151~403小節) 第1変奏と同じく急速だが、ごつごつとした響きが少なく、十六分音符の滑らかな音型が支配している。41ページ冒頭(304小節)以降は、主題から採られた2音が単位となって音楽を推進し、渦を巻くような音型を通過して高揚に達したあと、突如ブレーキがかかったようにテンポが落ちる(42ページ下部、348小節)。そして、ピアニシモを保ったまま次の変奏へ入る。 [第3変奏](404~429小節) 楽章全体で唯一テンポがきわめて遅い部分。デュティユーは、第3楽章それ自体がソナタ形式の原理に拠ると語っている。そのようにみなせば、第3変奏はソナタにおける緩徐楽章に相当するだろう。中音域に現れる主題の基本形が、高音域と低音域で主題の反行形を導く。基本形と反行形の主題の戯れは鏡のような効果を生んでいる。「鏡 miroir」も「共鳴」とともに、デュティユーの創作において重要なインスピレーションを与えた概念である。 [第4変奏](430~669小節) 最終変奏では第1変奏と第2変奏の特徴が総合され、ヴィルトゥオーゾ的要素が前面に出る。高音域の急速な走句を背景として、中音域に反行形の主題が現れる。このパターンが3度示されたあと、いったんダイナミクスを弱め、オクターヴによる左手の特徴的な伴奏に乗せて反行形の主題が明確に出る(51ページ、540小節)。以後はしだいに音の数が増え、加速を続けながら楽章全体のクライマックスへ至る。ポコ・アラルガンドで冒頭のコラールが回帰し、最後は嬰へ長調の主和音で幕を閉じる。嬰へ音は第1楽章の核となる音であり、第2楽章は変ニ音すなわち嬰へ音のドミナントを中心とすることから、本作品では嬰へ音に中心的な役割が与えられているといえる。
第1楽章
総演奏時間:7分30秒
動画1
解説0
楽譜0
編曲0
第2楽章
総演奏時間:6分30秒
第3楽章 「コラールと変奏」
総演奏時間:11分00秒
動画3
デュティユー:コラールと変奏(ソナタ第3楽章)
Dutilleux, Henri : Piano Sonata Mov.3 Choral et variations デュティユー:ピアノ・ソナタ 第3楽章「コラールと変奏」
ピアノ・ソナタ 第1楽章
ピアノ・ソナタ 第3楽章
ピアノ・ソナタ 第2楽章
検索