作品概要
初出版社:l'Auteur (G. M.) (自費出版)
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:種々の作品
総演奏時間:10分00秒
著作権:保護期間中
解説 (1)
解説 : 西原 昌樹
(1079 文字)
更新日:2026年3月4日
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解説 : 西原 昌樹 (1079 文字)
1912年に作曲し自費出版した初期作品。1909年にパリ音楽院に入ったミゴは、和声法と対位法の基礎を学びながら、オルガン曲、声楽曲、器楽曲を試作する日々を送っていた。1912年にはヴァイオリンソナタをレイナルド・アーンに提出し、アーンから的確な助言を受けたとの記録がある。本作が丁重な献辞を添えてアーンに献呈されているのも(à Reynaldo Hahn, Hommage respectueux)、二人の師弟関係を裏付けるものであろう。ミゴが1913年に音楽院でヴィドールの作曲科に入る前年のことである。本作は、やや長尺の第1曲〈美しい旅〉Le beau voyage(Léger, caressant ハ短調 6/8拍子)と、短い第2曲〈眠れる泉〉La source s'endort(Andante ニ長調 2/2拍子)よりなる。調性的でロマンティックな書法は、1920年代以降のミゴの作品群からは想像できないほどの意外性がある。第1曲には積極的に詩作もしたミゴ自作の詩が掲げてある。曰く「幾つもの愛に引かれながら、或る一つの愛が語りだす―『薔薇色の頬と金髪の子供たちの打つリズムに乗って、調子よく地面を叩き、私はすすんでいく』と」。少なくとも当時のミゴが、ドビュッシーでもラヴェルでもなく、詩情と音楽との結合を持ち味とするアーンに傾倒していた事実を示す。音楽院で師事したヴィドールの指導と共に、ミゴの創作姿勢の確立にアーンの大きな影響があったとみてよい。本作の自費出版についても触れておきたい。表紙の装丁やフォント、本体の譜面割り付けは、デュランやスナールなど当時の主力出版社のものと酷似する。プレート番号 "G. M. 7" は、ミゴにとって7点目の刊行物であることを示す。表紙には入手、問合せ先として "En Vente à la Librairie FISCHBACHER, 33, Rue de Seine, Paris" と大手取次業者名が明記されている。おそらく現代の自費出版と同種の、著作者と専門業者とが前もって取り決めた料率により利益を按分するようなビジネスモデルが当時すでにあったものと推測される。のちに老舗最大手アルフォンス・ルデュック社の全面的な後援により安定した地位を得たミゴの、習作時代の苦労がうかがえる。
