作品概要
出版年 1952年
初出版社 Israeli Music Publications
楽器構成 ピアノソロ
総演奏時間 約10分
「南仏生まれの、ユダヤ教を信仰するフランス人」と自己を規定したミヨーにとって、宗教的な作品は特別の位置を占める。クロード・ロスタンとの対話(1952年)の中にも、他のジャンルとは別扱いにしてほしいとのミヨーの発言がある。宗教的作品だけに特殊な作曲技法が用いられるということではなく、作品に込められた精神性、信仰に根ざした楽想に格別のものがあると捉えるべきであろう。ピアノ曲にあっては、本作(Op. 315)と次作《栄光の賛歌》(Op. 331)の2点が、ミヨーのアイデンティティの根幹をなす題材を扱っており、知名度や演奏頻度にかかわりなく重要作となっている。
七枝の燭台とはメノーラー(Menorah)と呼ばれ、古来よりユダヤ教の象徴であった。本作はユダヤ暦の代表的な伝統行事を歳時記の趣で描いたものである。各曲は1ページまたは2ページと短く、全体に簡素な書法が一貫する。典礼の厳粛さ、祝祭の晴れがましさ、祈りのもたらす静謐と安らぎ、平和への限りない感謝など、信仰者の折節の心情を巧みに描き出し、多調の厳しい音響の中にも不思議な温かみを漂わせる。本作の表出する感情は、ユダヤ教という特定の信仰の域にとどまらず、世界のあらゆる人に開かれたものであることをポール・コレールは指摘している。
1949年に創立したばかりの Israeli Music Publications の委嘱を受け、1951年12月20日から28日にかけてパリにて作曲、初演は1952年4月10日、イスラエルのキブツの一つ、エン・ゲブ(Ein Gev)音楽祭のオープニングコンサートにて、同国を初訪問した作曲者の臨席のもと、フランク・ペレグ(Frank Pelleg, 1910-68)によりおこなわれた。出版譜の表紙に、暗闇に鮮やかな灯火を浮かび上がらせるメノーラーを迫真のタッチで描いたのはルドウィック・シュワーリン(Ludwig Schwerin, 1897-1983)であった。建国4年の若い国家の気鋭の芸術家たちが、並々ならぬ熱意をもって本作の普及に尽力したことが見てとれる。初演者のペレグが本作をピアノと管弦楽のための協奏作品に編作し、LP盤をリリースした(ハイファ交響楽団との共演)事実も、本作がかの地でどれほどのインパクトをもって受容されたかを示していよう。
本作は「M. M. に」、すなわち作曲者の妻、マドレーヌ・ミヨーに献呈され、自筆譜はフェルナン・アルファン夫人(Alice Halphen, known as Madame Fernand Halphen)に贈呈された。アルファン未亡人は長くパリ楽壇にあってユダヤ系音楽家の代表的なパトロネージュとして知られた人物である。自筆譜は現在、パリにある欧州ユダヤ音楽研究所 European Institute of Jewish Music (IEMJ) のサイト内で公開されている。本作はミヨーのピアノ独奏曲全集を謳った録音企画に収載されず、研究者以外に知る人は少ないが、ミヨーの本質を探る上で決して外すことのできない作品である。要求される難度は決して高くなく、ミヨーのピアノ曲としてはむしろ弾きやすい部類に属する。臆せずとりくむことで得られる学びは深い。
第1曲 Le premier jour de l’an 新年祭。4分の4拍子。四分音符 = 84。
第2曲 Jour de pénitence 贖罪の日。4分の3拍子。四分音符 = 63。[断食をおこなう]
第3曲 Fête des cabanes 仮庵祭。8分の6拍子。符点四分音符 = 76。[仮庵(かりいお)は幕屋ともいい、移動式神殿を指す]
第4曲 La résistance des Macchabées マカベア家の抵抗。4分の4拍子。四分音符 = 92。[マカベア家は祭司の一族]
第5曲 Fête de la reine Esther エステル妃祭。4分の5拍子。四分音符 = 100。[プーリーム、くじの祭ともいう]
第6曲 Fête de la Pâques 過越祭。8分の6拍子。符点四分音符 = 84。
第7曲 Fête de la Pentecôte 五旬祭。4分の4拍子。四分音符 = 66。[仮庵祭、過越祭、五旬祭がユダヤ教の三大祭事とされる]