生来の文才を活かし、1834年4月3日に『音楽新報』Neue Zeitschrift für Musik を創刊したシューマンは、その後19世紀音楽ジャーナリズムの発展と普及に大きな貢献を果たしていった(1837年7月現在の『音楽新報』の発行部数は450~500部程度で、ドイツ語圏を代表する有力紙の一つに育っていた)。雑誌のなかでシューマンはしばしば、自身が作り上げた架空の団体「ダヴィッド同盟 Die Davidsbündlertänze」のメンバーによる座談会形式の評論を執筆した。同盟の主要メンバーは精力的で情熱的なフロレスタンと、瞑想的で内向的なオイゼビウスで、彼らはシューマン自身に内在する二つの対照的な側面を象徴している。
音楽批評の場だけでなく、1837年晩夏に作曲された《ダヴィッド同盟舞曲集》でもこれら二人の存在が大きな役割を果たしていたことは、初版譜の表紙に作曲者の本名ではなく、「フロレスタンとオイゼビウス」と記されていたことにもよく表れている。翌1838年の1月、ライプツィヒのフリーゼ社から自費出版させたこのピアノ・チクルスは、シューマンのピアノ曲で最高傑作のひとつに数えられている。フリーゼは当時、シューマンが1833年に発行した音楽雑誌『音楽新報』の出版社でもあった。
初版譜が2部に分かれて出版されたように、《ダヴィッド同盟舞曲集》は2部構成でそれぞれ9曲、合計18の性格的小品から成る。それぞれの曲がフロレスタンとオイゼビウスのどちらか、あるいは双方の性格を有していて、両者による音楽的対比と対話が繰り広げられる(各曲の最後に、フロレスタンFlorestanのイニシャル「F.」、またはオイゼビウスEusebius「E.」が記されている。各部の最終曲、ハ長調はどちらの性格にも属さない)。
初版からおよそ13年が過ぎた1850ないし51年、音楽的内容に限らず多くの改訂を加えた第2版がハンブルクのシューベルト社から出版された。ここでの作曲者名は「ロベルト・シューマン」と記され、タイトルも変更された。初版譜は現在流通している《ダヴィッド同盟舞曲集》だったが、第2版では「舞曲」が削られ、単に《ダヴィッド同盟 Davidsbündler》となった。確かに、マズルカ、ワルツ、ポルカ、タランテラ風の曲が含まれてはいるものの、すべてが厳密な意味での舞曲ではないからである。また、各曲最後に記されていた「F.」または「E.」の記号も削除され、シューマンの創作として再提示された。しかし今日では、1838年初版版に基づく演奏の機会の方が圧倒的に多い。
【第1部】
1. ト長調 行動的な跳躍と半音下行からなる冒頭動機は、数年後に妻となるクララ・ヴィーク(1819-1896)の作品Op.6 no.5〈マズルカ〉(1836年)からとられている。(F.とE.)
2. ロ短調 内省的な性格で、シューマンが得意とする主旋律を複数の声部に織り込む書法。3/4拍子の民族舞曲であるレントラー風。(E.)
3. ト長調 冒頭のスタッカート付きの上行音階に象徴されるように、フロレスタンのエネルギーが戻る。(F.)
4. ロ短調 曲全体にわたるシンコペーション・リズムが、フロレスタンの情熱を急き立てる。(F.)
5. ニ長調 夢想家のオイゼビウスが天上の美しさで旋律を奏でる。この4小節単位の旋律フレーズに含まれる跳躍の音程は徐々に拡大し、3度目にはついにオクターヴも上行する。(E.)
6. ニ短調 イタリア南部、ナポリに由来する舞曲のタランテラ風。ひたすら繰り返されるリズムの動きと原始的な響きの旋律は、フロレスタンの攻撃的な一面と同時に、奥深く潜む不安を象徴しているかのように聴こえる。(F.)
7. ト短調 8小節の間にリタルダンド rit. 記号が4回も付けられたレチタティーヴォ風の冒頭部は、テンポが定まらない。抒情的な中間部は遠隔調の変イ長調で、斬新な和声が目立つ。(E.)
8. ハ短調 フロレスタンが16分音符の伴奏と活力のある旋律となって戻る。(F.)
9. ハ長調 前半部の終曲はクララ Claraの調と言われるハ長調(C dur)。終始、同じリズム型の旋律が連なるリズミックな曲。(「F.」「E.」とも記載なし。)
【第2部】
10. ニ短調 スフォルツァンド sf 記号がいたるところに記された力強い曲。右手(6/8拍子)と左手(3/4拍子)の両声部が異なる拍子感を生み出す複リズムが特徴。(F.)
11. ロ短調 夢想的で静かな、しかしどこか抑制されたような旋律を奏でる。(E.)
12. ロ短調 フロレスタンの才気を示す2拍子の舞曲。(F.)
13. ロ短調 フロレスタンのエネルギッシュな動きと、オイゼビウスのロ長調による静的で控えめな旋律が交互に登場する。(F.とE.)
14. 変ホ長調 無言歌とでも呼ぶべき曲で、主旋律だけでなく、半音階装飾の内声も繊細で美しい。(E.)
15. 変ロ長調 冒頭の決然としたフロレスタンに、優美なオイゼビウスが続く。(F.とE.)
16. ト長調 せわしなさそうなフロレスタンによる表現力に満ちた曲。(F.)
17. ロ長調 前曲の結尾に現れたバスの伴奏に乗って、二つの声部が対話を繰り広げる。(F.とE.)
18. ハ長調 チクルスの締めには第1部の終曲と同じ調が選択された。すべてが過ぎ去ったいま、魂の安らぎ、そして満たされた幸福が感じられる。