さまざまな点で異例の作品である。まず、幻想曲といいながら、その実質は切れ目なく続く4楽章制ソナタに則っているという点。速度表記と調性、拍子の変化によって明確に区切られていることから、シューベルト自身がソナタ風の幻想曲を意図していたと考えられる。
次に、比較的自由な作曲を得意とするシューベルトが、ベートーヴェン的な作品構築に挑んでいる点。この作品では、冒頭の音型によって全体が統一されているのである。そもそも、タイトルの《さすらい人》とは、第2楽章に引用された作曲家本人の同名リートに由来している。第1楽章の主題はその伴奏音型を利用したものであり、決して旋律として優美とはいえない。にもかかわらず、その特徴的なリズムを全曲にわたって生かしている点で例外的なのである。
さらに、シューベルトは対位法が苦手なことでも知られているが、第4楽章で敢えてそれを取り入れている点。終楽章でのフーガといえば、ベートーヴェンに特徴的である。同時代の先輩に対する尊敬の念とも考えられる。
最後に、家庭音楽としての穏やかな曲想の多いシューベルト作品の中でも、この幻想曲は激しく魅せる部分をもち、かなり高度な技術を要求するという点。作曲家自身ですら弾きこなすことができず、「こんな曲は悪魔にでも弾かせろ」と叫んだエピソードはよく知られている。
このようにシューベルトにとって特殊な作品であるが、しかし彼特有の愛らしい旋律が随所に見られ、得意の和声変化も魅力的に用いられているシューベルトらしい作品でもあるのだ。そして何より、ソナタ風ではあるが、主題が自由に即興的に発展している点で、あくまでも幻想曲であることを忘れてはならないだろう。
第1楽章:アレグロ・コン・フォーコ・マ・ノン・トロッポ、ハ長調、4/4拍子。ソナタ形式だが、再現部が省略されている。これは、楽章ごとに完結せず、全体的な統一を計画しているためだろう。
第2楽章:アダージョ、嬰ハ短調、2/2拍子。変奏形式。この主題が《さすらい人》D649である。この楽章は相当の技巧を必要とするが、最も変化に富んでおり、主題の展開を楽しむことができる。
第3楽章:プレスト、変イ長調、3/4拍子。性格的にも形式的にも、スケルツォ楽章と思われる。ただし、最後は発展的に進行し、最終楽章へと続く。
第4楽章:アレグロ、ハ長調、4/4拍子。第1楽章の調性と拍子に戻ってきた。フーガで始まるこの楽章は、再び冒頭楽章の力強さをみせ、フィナーレにふさわしい華々しさで全曲を閉じる。