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シューマン : アベッグ変奏曲 ヘ長調 Op.1

Schumann, Robert : Theme sur le nom d'Abegg Varie F-Dur Op.1

作品概要

楽曲ID:59
作曲年:1829年 
出版年:1831年
初出版社:Kistner
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:変奏曲
総演奏時間:9分00秒
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (2)

執筆者 : ピティナ・ピアノ曲事典編集部 (370 文字)

更新日:2010年1月1日
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ロベルト・アレクサンダー・シューマンは、始めはピアニストを志し、無理な練習から指を痛めて、作曲に専念するようになった。そのため、作曲に専念してからの約10年間は専らピアノ曲の作曲に没頭し、数々のピアノの名曲を書いている。

伯爵令嬢パウリーネ・フォン・アベッグに献呈されたこの曲は、シューマン20才の1829~30年に書かれた。このアベッグという令嬢は架空の人物だが、この名の綴り(ABEGG)を音名に当てはめテーマを導き出すという、当時としては斬新な方法を採っている。

全体は、主題(アニマート、ヘ長調、3/4拍子)と3つの変奏(いずれもヘ長調、3/4拍子)、カンタービレ(変イ長調、9/8拍子)、幻想曲風フィナーレ(ヘ長調、6/8拍子)から成るが、その随所に従来の常識を大きく逸脱したシューマンらしいアイディアに富んだ、魅惑的な変奏曲である。

総説 : 上山 典子 (1532 文字)

更新日:2018年3月12日
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ピアノのための曲を創作の出発点とする作曲家は珍しくないが、シューマン(1810-1856)にとってもその楽器は特別な位置づけにあった。10代で作曲を始めたシューマンは、声楽、室内楽、協奏曲など、すでに様々なジャンルに挑戦し、多くの作品を仕上げていた。しかし作品番号を付けて世の中に送り出した作品1から作品23のすべてが、ピアノ独奏曲だった。

そのなかで、作曲家ロベルト・シューマンの誕生を布告する「作品1」を飾ったのは、1829年から30年のハイデルベルク遊学時代に作曲され、1831年11月にライプツィヒのキストナー社から出版された《アベッグ変奏曲》である。

「アベッグ」はある女性の名前とされ、この曲は彼女の苗字のアルファベットをドイツ語音名「A-B-E-G-G」(イ-変ロ-ホ-ト-ト)に置き換えた主題提示と、それに基づく変奏曲である。この女性が誰なのかをめぐり、これまでに様々な説が差し出されてきた。一つは、シューマンが初版譜の表紙に作品の献呈者として記した女性、「パウリーネ・フォン・アベッグ伯爵令嬢 Mademoiselle Pauline Comtesse d'Abegg」である。しかしそのような女性が当時実在したという事実は確認されていない。もう一つは、「メタ・アベッグ Meta Abegg」というマンハイムで出会ったという女性の存在である。彼女の名前「メタmeta」はラテン語のアナグラム(言葉遊び、謎文字)によると、「テーマ(主題)tema」と解釈されうる。いずれにしても、シューマンが創作の出発点としたのはアベッグという名の神秘の女性ではなく、「A-B-E-G-G」というロマン的で優美な音の響きそのものだったのかもしれない。

こうした音楽的暗号・謎文字に対する好みをはじめとして、この曲には後のシューマンのピアノ作品に特徴的な要素、シンコペーション・リズムの多用や不規則なアクセント、確固とした形式構造を避ける傾向などが典型的に見受けられる。《アベッグ変奏曲》は作曲家シューマンの門出を飾る作品1として、実にふさわしい、象徴的な創作と言えるだろう。

【主題提示】ヘ長調、アニマート、3/4拍子。冒頭、5つの上行音「ABEGG」から成るシンプルで優雅な主題がオクターヴで提示される。(フィナーレを除くすべてで、主題はアウフタクトで開始する。)続いてはその逆行型「GGEBA」の下行音型が示される。

【第一変奏】ヘ長調、3/4拍子。ここでは「ABEGG」が、「AB」(イ-変ロ)という短2度の断片で用いられる。曲の雰囲気は一転、半音階進行の動機がエネルギッシュで躍動的な変奏が展開され、高度な演奏技術が要求される。途中、テノールの内声部には「ABEGG」の完全な形が鳴り響く。

【第二変奏】ヘ長調、3/4拍子。やはり「AB」の音程で開始するが、曲は緩やかな流れに戻る。曲全体を通して、半音階進行とシンコペーション・リズムが目立つ。

【第三変奏】ヘ長調、3/4拍子。分散和音的な流麗で軽快な16分音符の旋律のなかに、主題の半音動機が散りばめられる。

【カンタービレ】変イ長調、9/8拍子。主題原型が移調、変形され、表情豊かに歌われる。前半は装飾的な半音階が美しく響き、後半では大胆な跳躍を含むダイナミックな動きに変わる。

【幻想曲風フィナーレ】ヘ長調、ヴィヴァーチェ、6/8拍子。「AB」の動機で開始するが、冒頭4小節の旋律はこの楽章独自の主題提示とも受け取れる。また形式的にも変奏技法的にも、拡大の傾向を示す。コーダに入る直前、「ABEGG」の音型が、打鍵によってではなく、一音ずつ離鍵することで浮かび上がる(したがってこの音型は鳴り響きとしては聞こない)。

執筆者: 上山 典子

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