close
ホーム > ショパン > 幻想曲 ヘ短調

ショパン : 幻想曲 ヘ短調 Op.49

Chopin, Frederic : Fantaisie f-moll Op.49

作品概要

楽曲ID:541
作曲年:1841年 
出版年:1841年
初出版社:Schlesinger
献呈先:Princese Catherine de Souzzo
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:幻想曲
総演奏時間:13分30秒
著作権:パブリック・ドメイン

ピティナ・ピアノステップ

23ステップ:展開3

楽譜情報:7件

解説 (2)

執筆者 : 安川 智子 (1354 文字)

更新日:2009年8月1日
[開く]

1839年よりジョルジュ・サンドと過ごしたノアンの地で、ショパンは数多くの傑作を生み出した。1841年10月20日、ショパンはノアンからパリにいる友人フォンターナに宛てて、「今日《ファンタジア》が終わった」と記している。41年前後のショパンは、健康的にも、またサンドとの関係においても非常に充実した時期にあり、この《幻想曲》作品49のほか、《タランテラ》作品43、《ポロネーズ 嬰ヘ短調》作品44、《プレリュード》作品45、《演奏会用アレグロ》作品46、《バラード第3番》作品47、ふたつの《ノクターン》作品48といった作品を生み出している。そのため各曲は互いに影響しあい、性格的小品に分類される器楽ジャンルの枠を薄めるとともに、それぞれが深みと自由度を増している。

器楽作品に用いられるファンタジー(ファンタジア)という名称は古くからの歴史をもつ。19世紀においてピアノ独奏曲としての「ファンタジア」は珍しくないが、ショパンがこの言葉に明確なジャンルとしての意識を抱いていたかは疑問である。直前に作曲された《ポロネーズ》作品44について、ショパンは当初「ポロネーズの形式の《幻想曲》」あるいは「ポロネーズの一種というより、幻想曲です」ということを書いている。また晩年の傑作《幻想ポロネーズ(ポロネーズ=幻想曲)》の存在からも、ショパンはポロネーズと幻想曲を非常に近い存在ととらえ、「幻想曲」という形態に、即興的色彩はもちろんのこと、祖国ポーランドへの想いと幻想を自由に表現するという役割を付していたようである。

結局ショパン唯一の《幻想曲》となった作品49は、へ短調に始まり変イ長調で終わる。全体をソナタ形式風にとらえれば、序奏(Tempo di marcia)、提示部(agitato;68小節~)、展開部(143小節~、途中Lento sostenutoのエピソードを挟む)、再現部(236小節~)、コーダ(309小節~)となろう。しかし幻想曲のタイトルにふさわしく、調と楽想の自由な交錯として解釈した方が自然である。「行進曲のテンポでTempo di marcia」と指示されたへ短調の導入部は、葬送行進曲のような暗い影に覆われ、一拍ごとに和音が付けられて重々しく進む。一方Assai allegroと指示された変イ長調のコーダ部(322小節~)は三連符のアルペジオで華々しく上り詰め、勝利の宣言であるかのように終わる。このふたつの調、ふたつの楽想がショパンのポーランドに対するふたつの幻想的心情としてこの作品を支配しているように思える。三連符の走句は即興的変化を伴って、楽曲を構成する核となる主題を支え(68小節~、155小節、235小節)、あるいは移行部として機能する(43小節~、143小節~、223小節~)。また和音による楽想は、行進曲風の移行部を形成するかと思えば(127小節~)、「Lento sostenuto」のテンポ表示とともに、抒情的な旋律を切々と歌い上げる(199小節~)。形式性と即興性を兼ね備え、不均等な対称性を保ちながらポーランドへの思いを自由に謳いあげた《幻想曲》は、ショパン独特の世界を作り上げるとともに、《幻想ポロネーズ》へと連なる傑作群の中心的存在に位置づけられよう。

執筆者: 安川 智子

演奏のヒント : 大井 和郎 (1360 文字)

更新日:2018年3月12日
[開く]

この曲を他のショパンの曲と比較したときに、特に特筆すべき注意点はありません。幻想曲ですのでかなり自由です。巷に流れているピアニストの演奏も実に様々です。筆者がこれを演奏するとかなり重たくなります。また逆に軽やかに弾く人もいます。その辺は好みに任せて良いと思います。冒頭より、各セクションの注意点や音楽的な理解の仕方を学んでいきます。  1-2小節間、このパターン全ての話です。スタッカートは短すぎないように。割と重々しく弾いて良いと思います。また、Tempo di marcia と書いてありますが、マーチまでは速くないと考えます。かなり遅く演奏する奏者もいます。  3-4小節間、4小節目の3拍目に向かいます。左右の手のGが非和声音になりますので、それは次にFで解決します。くれぐれもFはアクセントを付けないように。ここは結局長7度という不協になり、独特な精神面の描写になりますので、表現を強くつけます(フォルテという事では無く頭に残る音として大切に扱うという意味です)。さてこの4小節目、3-4拍目の話なのですが、筆者であれば外声と内声の区別をはっきりとつけます。故に、16分音符のDesはかなり小さくなります。  7小節目、カラーを変えても構いません。10小節目4拍目は右手Gに時間をとって11に入ります。16小節目3拍目、とてもショックな音です。再びカラーを変えます。21-22小節間と23-24小節間はムードを変えます。以下同様です。29、31、33は3段階でムードを変えます。  43から異常にテンポを速める奏者がいますが、ここは「次第に倍のテンポへ」という指示通り、徐々に少しずつ速めていきます。64-66小節間、左手トップの音(Ces F As)をはっきりと出します。さて、68からは悲痛なメロディーラインが登場しますが、注目するべきは68小節目の1拍目のAsです。アクセントが付いていますが、この音は、同じく1拍目表拍のGが非和声音として扱われた音の解決音です。筆者であればGより大きくすることはありません。71小節目の1拍目Cも同じです。以下同様です。  この曲で、技術的に困難な場所として最後の砦となるのが77-84小節間のセクションです(164以降も同じです)。簡単に弾けるようで、左手が、後に厄介な部分になりますので、慎重に練習してください。  109小節目以降、奏者によって実に様々な演奏となる部分です。筆者は多少重たくても良いと考えています。  学習者が理解に苦しむ部分が126小節目以降のマーチのような部分です。何故突然マーチが始まるのかという事で奇異に感じるようですが、実はショパンは、英雄ポロネーズのBセクションのような部分で、ミリタリー(軍隊)を描写させていて、ショパン本人が、「いつ兵隊が責めてくるのか」という恐怖感の描写と言われています。よって、ショパンが、軍隊を想像させるようなマーチなどを書くとき、そのような恐怖心の描写でもあることを理解すると良いかもしれません。決して楽しいマーチでは無いと思います。  321小節目、カデンツの右手8分音符は3連符です。パデレフスキー版には「3」と表示が無いため、通常の8分と混同してしまいがちですが、多くの版には「3」と書かれています。

執筆者: 大井 和郎