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バッハ:フーガの技法

Bach, Johann Sebastian:Die Kunst der Fuge BWV 1080

作品概要

作曲年:1742年 
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:曲集・小品集
総演奏時間:1時間30分00秒

解説 (1)

執筆者 : 朝山 奈津子 (8336文字)

更新日:2007年9月1日
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《フーガの技法》は、謎めいた未完のフーガやバッハ最晩年の逸話とあいまって、伝説的なオーラを放っている。作曲家の死の直後に出版されてからこれまで絶えず人々の関心を集め、なかば崇拝にも近い賛辞を贈られた。しかし栄光に反して、実際に演奏される機会はそれほど多くない。それは、バッハの意図した楽器や編成が判然としないことに大きな原因があるが、伝説的なオーラが近づきがたいイメージを固めてしまった所為でもある。バッハは確かにかなり抽象的、理念的性質をこの曲集に与えたのではあるが、実際に演奏可能なことが何よりの大前提だった筈だ。そこで、具体的に各曲に迫るためにまず、この作品にあらわれる「技法」とは何か、それらが音楽的にどのように成功しているのかを確かめてみよう。はじめに強調しておくが、ここに含まれる作品は、おそらく全曲とおしての演奏を想定して作られてはいない。《フーガの技法》を単一主題によるフーガ変奏曲のように扱うのは、そもそも聴き手の集中力に鑑みて無理があるように思われる。

作品全体の構成をこちらに示す。また、作品の成立に関わる問題については最後にこちらに簡単に述べるにとどめる。以下、文中で略号「Cp.」はContrapunctus(コントラプンクトゥス)を表す。また、「テーマ」という場合には第1曲の冒頭で提示され、この曲集全体を貫く旋律のことを、「主題」という場合にはフーガの楽式ないし作曲技法上の主要旋律のことを指す。

BWV 1080/ 1-5 / 6-7/ 8 / 9-10, 10a / 11 / 12-13 / 14-17 / 18 / 19 /

BWV668

第1群:基本のテーマによる単純フーガ(Contrapunctus 1-5)

テーマの基本形をそのまま用いたグループ。ただし、付点などリズムのわずかな変更はある。全体に古い様式を志向する。それは、Cに縦線を引いたAlla breve(アッラ・ブレーヴェ)の拍子記号にもよく表れている(この観点から、Cp.5が出版譜においてCになっているのは、おそらくミスだろうと考えられる)。

Contrapunctus 1はもっともシンプルなフーガで、明確な対位句すら現れず、ほぼ単一主題のまま、きわめて狭い範囲の調のみを通る。声部の独立が保たれ、厳格なモテットのように響く。3声部より少なくなることはない。楽曲の中間にいっさい休止も完全終止も入らないため、厚みと重みを持ったまま進む。更には、最後に全声部が停止する休符と、ややトッカータ風のコーダがついて、全体は古式ゆかしい対位法作品になっている。

Contrapunctus 2では、テーマの後半が付点リズムになる。やはり基本形のみによる単純フーガ。第1番にくらべれば闊達で明るく感じられるが、この付点は決して鋭く演奏すべきものではなく、あくまで拍節や小節線を越えるための推進力を生む装置として大切にしなければならない。また、声部がしばしば増減し、完全終止こそ最後まで現れないが、声部の入りが明確になることでテクスチュアにメリハリが生まれている。

Contrapunctus 3は倒立形、すなわち基本形の音程進行をひっくり返した主題で始まる(音程を上下逆にすることを「転回」と呼ぶ。こうしてつくられるものを転回主題、また反行主題ともいう)。また、固定した対位句がつねに主題に随伴する(この対位句と主題はどの声部にどちらが現れても、つまり上下関係をかえても音楽が成り立つので、こうした対位法技法を「転回対位法」と呼ぶ)。しかし、この曲が独特の迫力を持つのは何といっても、主題以外の声部に散りばめられた半音階ゆえのことだろう。この半音階性は基本テーマを転回して現れるc音に起因する。ニ短調の曲であれば導音としてcisになる筈のものであり、すでに主題で調が一瞬あいまいになる。対位声部では、半音を連ねた順次進行と和声的な跳躍進行を組み合わせることで、遠近感を演出している。

Contrapunctus 4も倒立形だが、a音、すなわちニ短調のドミナントで始まり、調を明確にまとっている。主題提示部とエピソード部の明確な交代、中間に起こる2度の完全終止(第53小節、第103小節)とそこから生まれる周期性から、全体は図式的、論理的な構成をもつ。また、声部の独立はあまり厳格ではなく、対位句やエピソード部における――いささか冗長な――模続進行の掛け合いなどでは、ホモフォニックな動きが目立つ。あとから書き足されたことによるのか、比較的あたらしい書法の自由なフーガとなっている。

Contrapunctus 5は、倒立形に正立形が応答する「反行フーガ」である。また、主題提示の半ばで応答が始まる「ストレッタ・フーガ」でもある。このストレッタの距離は徐々に詰まってゆき、最後の提示(第86小節以降)ではついに倒立形と正立形がぴったり同時に現れる。そして、最終小節付近では6声部となって堂々たる終止にいたる。基本テーマによるグループの最後を飾るにふさわしく、古来からのさまざまの技法を詰め込んだ曲である。

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第2群:反行ストレッタフーガ(Contrapunctus 6-7)

この組では、新しい様式による大規模な反行ストレッタフーガが登場する。Cp.5 をここに含めないのは、Cp.6のタイトル「フランス様式の」という言葉にも表されるように、古様式(スティレ・アンティーコ)から離れる方向へむかうからである。

Contrapunctus 6 では、付点リズムの主題正立形に縮小された倒立形が応答し、さらに縮小正立形、縮小倒立形が次々提示される。「フランス様式」とは、主題の付点リズム、エピソード部分のタイと32分音符から作られるより鋭い装飾リズムに加え、楽曲の後半に目立つ16分音符が連なったパッセージ、こうした種々の異なるリズムの対比と緊張を指す。

Contrapunctus 7は縮小主題に加え、拡大形が用いられる。が、正立、倒立、拡大、縮小といったさまざまな主題形による提示と転回の可能性はそれほど徹底して試されていない。また、4回登場する主題の拡大形も、コラール編曲の定旋律のような重々しさはない。というのも、声部を減らしたり複数の声部がそろって終止したりして重要な主題の入りを準備するような演出がないからである。全体は常にほぼ4声部を保ち、曲の最後では5声部に増えすらする堅牢な書法であるが、各声部の随所から主題が聞こえ、響きの上でゆるやかなフーガとなっている。

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第3群:転回対位法による二重フーガ(Contrapunctus 9-10)

ここからは、各曲ごとまったく新しい主題が基本テーマと組み合わされるようになる。1742年頃にまとめられた自筆の初期稿では、二重フーガ2曲と三重フーガ2曲がカノンを間においてペアで並んでいる。印刷譜がこの論理的な配列を乱し、三重フーガCp.8とCp.11の間に二重フーガCp.9-10を置いたのは、間違いだったのではなかろうか(敢えて、譜めくりを容易にするような体裁にするためだと指摘する学者もいる)。

Contrapunctus 9は12度(5度)の転回対位法による曲である。ゆるやかに下行と上行を繰り返す冒頭主題が4声部に出揃ったところで基本テーマの拡大形が、さながら定旋律のように現れる。転回対位法とは、この2つの旋律を5度、ないし12度の幅で上下入れ替えても音楽として成り立つような書法のことで、冒頭主題がバッハにしては異様に長いのは、この拡大形のテーマに対応するためである。拡大形テーマの入りはいずれの場合もよく準備されてはっきり聞き取れるようになっており、全体はそのお陰で劇的なダイナミズムに富んでいる。

Contrapunctus 10は10度(3度)の転回対位法による。新主題の提示部に続いて基本テーマの倒立形がストレッタで現れ、すぐに2つの主題が組み合わされる。前半では声部がよく独立を保っているが、中間部以降、2つの声部におなじ主題が同時に入るようになる。このときの対位法は、片方が12度、もう一方は8度の転回対位法である。曲の後半ではこの手法によって佳境が演出されている。

ところで、初版譜第14曲はこのCp.10の初期稿である。基本テーマの提示部から始まり、新主題は登場から基本テーマと組み合わされる。つまり、Cp.10は初期稿第2主題による提示部20余小節を冒頭に書き足したものである。ふたつを見比べてみると、Cp.10では基本テーマの提示部で、急に声部が減って違和感を生じないよう、アルトにストレッタを用いて段階的に音量を減らし、その後ふたたび累加していくよう書き直されている。

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第4群:三重フーガ(Contrapunctus 8, 11)

三重フーガのペアが印刷譜で離れて配置されたのは、単純にCp.8が3声、Cp.11が4声だったからかも知れない。だが、そのせいで2つの曲の密接な関連が判りにくくなってしまった。実はこの2曲は、同様の主題を3声と4声にそれぞれ応用する、という試みであり、《フーガの技法》のひとつの頂点をなすグループなのである。

Cp.8の冒頭に提示される新しい主題は、Cp.11の第27小節アルトから現れる主題に、Cp.11の基本テーマ正立形をもとにした冒頭主題はCp.8の第94小節アルトに登場するテーマの変形倒立主題と呼応する。3つ目の主題は同音反復を含む8分音符の旋律で、Cp.8では第39小節のアルトに下行形で、Cp.11では第90小節テノールにまず上行形で(のちに転回して下行形でも)現れる。このように、3つの主題の登場は順序こそ違えど、冒頭、第30小節付近、第90小節付近であり、2つの曲が同じ構造を持っていることが判る。また、3つの主題が同時に現れる瞬間は、どちらの曲でも4分の3ほど進んだ位置(約200小節中の第150小節付近)にあたっている。

この3つの主題自体は、基本テーマの変形によるアーチ型主題、半音階による主題、そして非常に印象的で必ず聴き取ることができる同音反復の主題という、フーガに典型的かつ理想的な要素をすべて備えている。そのため、複雑な組み合わせであっても衒学的にならず、美しい響きを保っている。

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第5群:鏡像フーガ(Contrapunctus 12-13)

曲全体をすべて転回しても音楽が成り立つような技法を鏡像対位法と呼ぶ。フーガというよりはカノンに近い。当然ながら、きわめて厳格かつ高度な技術を要する。1740年代の自筆稿では正立形と倒立形が上下に並べられており、まさに鏡に映したような見事な造形をみせている。

Contrapunctus 12は古めかしい2分の3拍子で記譜され、基本テーマに比較的忠実な荘重な主題で始まるが、順次進行による対位句がやがて8分音符主体となってテンポアップし、息つく間もないようなクライマックスのうちに終止する。これほど生き生きしたものが実は鏡像対位法で書かれているとは、驚嘆するばかりである。

Contrapunctus 13はしかし、それにも増して闊達で生命力に溢れている。三連符に運ばれるのは、まさに舞曲のジグであり、鏡像対位法の課すさまざまな制限をまるで感じさせない。

なお、初版には第18曲として2台チェンバロのための編曲が収載されている。3声のものを2人4手に割り当てる際、バッハは声部をひとつ追加した。この声部は転回ができず、正立形と倒立形で異なっている。

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第6群:カノン

いずれも基本テーマをもとに大胆な変形を加えた主題をもつ。自筆の初期稿は謎カノンの体裁でまず単旋律のみ提示し、次のページに2段総譜による解決が書き込まれていたが、初版では解決のみが示された。

拡大反行のカノンは、先発する上声の旋律の反行形を、倍の音価で下声に置いて始まる。全体は104小節+終結部5小節からなり、第53小節下声から上下が入れ替わる。終結部上声は冒頭主題どおりなので、下声を取り除けば無限に続けることができる。旋律は拡大されているため、後発の声部は先発声部の26小節分のみを使用する。主題にはEs音が含まれ、全体は半音階の響きが目立つ強烈な響きになっている。なお、この曲は自筆稿では最後に置かれていたもので、8度、10度、12度によるほかの3つのカノンにこれを先行させた初版の配列は完全に混乱しているといわざるを得ない。

オクターヴのカノンはフーガのような構成をもっている。アーチ型主題がたびたび現れては展開する。反復記号以降の部分は冒頭を完全に再現しており、さらにフェルマータ以降の終結部は大胆な手の交差でいったん音が鍵盤の中央に集まった後、ふたたび広がり、最後の音で今度は低音域の声部交差がおこる。全体は生き生きした16分の9拍子で運ばれ、インヴェンションのようによくまとまった曲である。

3度の転回対位法による10度のカノンは、78小節+終結部4小節(内カデンツァ2小節)からなり、第40小節で上下が入れ替わる。その際、下声に4小節分の自由旋律がはめ込まれている。また、終結部前4小節の上声にも自由旋律が現れる。3度の転回対位法による10度のカノン、というの操作は次のように行われている。前半、先発声部に対して後発声部は10度上の関係にある。後半では、もとの先発旋律がオクターヴ高くなって上声へ、もとの後発旋律は10度下へ移される。その結果、オクターヴの模倣になる。この曲はごく普通の音域から始まって、中間部で両手ともト音譜表の音域にまで高まり、中間の折り返し点で正常化するが、やがて再び高音へ昇っていく。それに伴って、長い音価と8分音符のゆったりした調子から、きらびやかな走句の掛け合いへと変化し、終結部では3分割から2分割へと拍子が唐突な変化を見せる。音域とテンポ感の変容が面白く、また美しい曲である。

5度の転回対位法による12度のカノンも、技法に関しては10度のカノンと同様で、中間の第34小節で上下が入れ替わり、後半は8度の模倣になる。この曲はまた、オクターヴのカノンとおなじくフーガ風の主題提示と展開があり、明確な二部構成をとる。また、自由旋律をもたない完全な無限カノンである。こうした要素をすべて併せ持ってなお美しいインヴェンションを書くのは、音楽的にたいへん困難な課題であるが、バッハはここでそれを見事に実現している。

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第7群:未完の4声フーガ

ここで現れる3つの主題は、《フーガの技法》の基本テーマとは一致しない。冒頭の第1主題の5度跳躍にはわずかにその片鱗が感じられるが、ほぼ無関係であるといってよい。第2主題は第114小節に現れる8分音符主体のオルガン的な語法による旋律、第3主題が第193小節に登場するB-A-C-H主題である。テーマが出て来ないため、この曲がほんとうに《フーガの技法》に含まれるのかどうか疑われたこともあるが、これら3つの主題が基本テーマと結合可能である、ということが確かめられた。従って、このフーガが『個人略伝』やJ.N.フォルケルの『バッハ伝』が伝える「4つの主題を含み、のちにはその全4声部が残らず転回されるはずだった最終フーガ」である可能性もある。が、現在残されている部分は3つの主題の結合が充分でなく、三重フーガにすら至っていない。わずかに、第2主題が提示されたのち、第1主題と第2主題が結合するのみである。また、第1主題の部分に続いて第2主題の部分が始まるとき、やや唐突な印象が否めない。第3部分への移行も同様である。こうしたことからおそらく、バッハは3つの違った作品をつなげて作ったのだと思われる。

この作品は果たしてどのような形で完成されうるのだろうか。どう補ってみても、バッハの「当初の計画」を知ることはできないし、おそらくバッハ以上にうまくやることは難しいだろう。しかし演奏に際しては、未完のまま演奏をやめてしまうときわめて中途半端な印象を受ける。ここに何らかの結末を演奏者自身がつけることは、決してバッハの意に背くことではない。

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BWV668:コラールファンタジア〈我ら苦難の極みにあるとき〉

この作品がバッハの絶筆と考えられているのは、《17のコラール集》の最後のページにコラール〈汝の玉座の前に進み出で〉(BWV668a)として同じ旋律のこの曲が25小節半ほど書き残されているからである。ただし、《フーガの技法》に収載された〈我ら苦難の極みにあるとき〉は初期稿で、《17のコラール集》の楽譜帖に含まれる改訂稿と完全には一致しない。おそらく、《フーガの技法》出版に際しては失われた別の資料が用いられたのだろう。

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《フーガの技法》は、バッハが晩年に構想した理念的作品集の一角をなすものである。

ベルリンの国立図書館に残される自筆譜は1742年に作られており、バッハがこれ以前の1740年頃から《フーガの技法》に着手したと考えられる。その後、たびたびの中断があり――フリードリヒ大王を訪問し《音楽の捧げもの》を仕上げたり、L.C.ミツラーの「音楽学術交流会」に入会して《カノン風変奏曲「高き天より」》(BWV 769)を書いたり、旧作のオルガン・コラールを改訂して所謂『シューブラー・コラール集』や《17のコラール》をまとめたり、《ロ短調ミサ曲》を完成させたり――、また《フーガの技法》の当初の計画にいろいろな変更を加えた所為で、とうとうバッハ自身の手で出版は実現しなかった。

最大の謎は、バッハが最終的に望んだ《フーガの技法》とは、どのような内容、配列によるのか、という点である。1751年6月1日に新聞に予告された出版譜が、具体的に誰の手配によるのかは判っていない。が、この初版の内容はおそらく、作曲家の意図をかなり無視したものとなっている。それはたとえば、Cp.10の初期稿が第14曲として組み込まれていること、Cp.13を単純に2台チェンバロ用に編曲したに過ぎないものが第18曲に入っていること、終曲にコラール編曲が置かれていること、あるいは未完のままのフーガが第19曲として収載されたこと、また、1742年の自筆譜の配列とは大幅に異なっていることなどから推察される。バッハはなぜ、自らの名を刻んだフーガを未完のまま放置したのだろうか。仕上げる前に命数が尽きてしまったといえばそれまでだが、そもそもこのフーガの全体の出来に不満があったればこそ作曲が捗らなかったのではないか。とすれば、これを《フーガの技法》に含めることは、作曲者の意図に反するかも知れない。さらに奇妙なのは、コラール編曲〈我ら苦しみの極みにあるとき〉が終曲に置かれたことである。フォルケルは『バッハ伝』の中で、死の間際にバッハがこのコラールを口述筆記させたと伝えている。予定されていた最終フーガが未完となったので、この曲が補完に充てられたというのが実情であり、従って、コラール編曲を《フーガの技法》に含めるのが作曲者の意に叶うとは思えない。更にいうなら、絶筆となったのが果たして本当にこの曲だったのかどうかも、確証は得られない。より本質的な問題として、『個人略伝』とフォルケルの『バッハ伝』によれば、計画していながら完成されなかったフーガは2曲あった。「未完フーガ」はそのどちらかであろうが(フォルケルは「未完フーガ」を「3つの主題を持つ」「最後から2番目のフーガ」としている)、残る一方は完全に失われている。バッハが構想した《フーガの技法》は永遠の謎となってしまった。

筋の通った配列という問題は、未完フーガの補完と同じくらい、これまで多くの音楽家の関心を集めてきた。しかし、配列それ自体は作品の演奏にとっては大きな問題ではない。どのみち全曲とおして演奏することは想定されていないからである。

楽器編成について、こんにちではほぼ、鍵盤作品として、それもクラヴィーアのために書かれたと考えられている。処々に現れる長い保続音は確かにオルガンのペダル・ポイントに適しているようにもみえるが、全体はクラヴィーアにふさわしい語法に満たされている。また、鍵盤以外の楽器の特徴はほとんど見出せない。なお、現代のピアノで演奏する場合には、特に手の交差に関してチェンバロやオルガンほどの効果が得られないので、工夫が必要である。

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執筆者: 朝山 奈津子

楽章等

8度のカノン BWV 1080 8度のカノン

総演奏時間:2分20秒 

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