第13番 イ短調
まず最初に、作曲家達はそれぞれ独自の「癖」を持って楽譜を書くという事を知らなければなりません。声部の進行が矛盾していたり、テンポマーキングが異常に細かかったり、スタッカートをテヌートの代わりに使ったり、ととにかく本当に色々な癖があります。フランツリストもそのような意味で、いくつかの独自の癖がありますが、その1つにタイミングのいい加減さがあります。誤解して頂きたくないのは、リストが決して、リズム的に矛盾するような楽譜を書いているという事ではないと言うことです。むしろそのような意味では他の作曲家よりもきちんと音価を書いています。問題は演奏法にあります。
この曲の説明の前に、12番の冒頭をご覧下さい。問題は3小節目と6小節目にあります。
この2箇所の、ほぼ休符がある小節をきちんと数えて弾いているピアニストは恐らく1人もいないのではないかと思います。1小節目から4拍数えながら弾くと、まず2小節目で相当長いトレモロを強いられ、いささか不自然な感じを受けます。そして3小節目でさらに同じテンポを数えると、3小節目のサイレントが異常に長く感じられるはずです。同じ事が4-6小節間に言えます。ほとんどのピアニストは3小節目と6小節目をきちんと数えず、次の小節に走ってしまいますが、それは聴いていて全く不自然に聞こえません。
それでは当のリスト本人はどうしていたかと訊かれても困りますし、音源も残っていませんので何とも言えないのですが、例えば「オーベルマンの谷」という曲は、Lento と書いてあります。ところが、これを真に受けると本当に大変な事になってしまう曲です。このような、作曲家の癖というのは、その作曲家の作品を多く弾き、言語を学び、癖を学び、多くの矛盾も自然な形で演奏されるよう勉強をしなければなりません。
年齢の若いピアニストは、多くのレパートリーをコンクールで要求されますので、バロックから現代までスタイルを知っていなければなりません。しかしながら、1人の作曲家にターゲットを絞って勉強し、癖を学び取るには相当の時間を要します。そのような意味から、全部の作曲家に精通しているピアニストが存在すること自体無理があると感じます。よって、ある作曲家に強いピアニストはその作曲家を知り尽くしており、それは少しだけその作曲家を勉強したピアニストとは知識面や言語を理解する意味でも到底比較にはなりません。
話を戻し、この13番の解説になります。この13番の1-99小節間をメトロノームに近い演奏をすると本当に大変な事になります。勿論、各拍や裏拍、タイミング等全て解っている上での話です。
リストはこの1-99小節間に細かいテンポチェンジの指示を書いています。しかしそれをよしんば守ったとしても、音価をきちんと守って弾く演奏が如何に不自然な演奏になるかよく解ると思います。筆者は、1-99小節間を演奏するにあたり、柔軟な即興性が必要に感じます。そしてそれは多くの条件に合わせて変化させ、不自然さを取り除いていかなければなりません。
もう一度言います。勿論何処が1拍で何処が2拍目で何処が裏拍でときちんと解っていなければなりませんが、実際に弾くとき、乱暴な考えではありますが、小節線はほぼ無視しても構わないのではないかと感じます。それほど即興性が重要視されます。
さて、筆者の日本語能力でどれほど1-99小節間を説明できるか自信がないのですが、冒頭から見ていきましょう。
冒頭のゴールは4小節目1拍目のEです。1小節目、2オクターブ下のEから始まり、4小節目のEに達します。1小節目のEは裏拍から始まり、アクセントが付いていますね。その下には、malinconico と書いてあります。悲しみに満ちあふれてという意味です。故にこのEは決して弱々しい音ではなく、装飾音を含め、心にグサリと刺さるような音で弾きます。そこから即興的にルバートを使い、3小節目のritenを守り、4小節目のEに達します。4小節目と5小節目は全く同じ事が繰り返されますが、どこかを異ならせるように弾いて下さい。 これら4小節目、ピークは1拍目表拍になり、ここが最も大きくなります。その後は徐々に衰退していきます。5小節目も同じです。6小節目、ピークは2拍目表拍、7小節目、ピークは2拍目表拍になり、8小節目の1拍目の和音は7小節目の解決であると筆者は感じますが、8小節目の1拍目表拍をゴールに持ってきても構わないと思います。 9-10小節間、4-5小節間と同じように各小節それぞれ、1拍目表拍がピークになります。しかしながら9-10小節間では、11小節目に向かいますので、9よりも10、10よりも11を大きくします。
11小節目に達したら、更に12小節目2拍目に向かってクレシェンドをかけ、そこから先の13-15小節間でdiminuendoになります。
16-24小節間は、4-15小節間の変奏のようなものです。勿論16-24のほうが大きく、厚みもあります。
25-16小節間durになります。poco piu mosso ですので少し動きを付けます。しかしながら軽やかに、華やかに、決して重たく強くならないように気をつけます。
37小節以降、暗い側面と明るい側面が入り乱れます。そして多くの変奏が入り、それらは多くの細かい音符によって書かれています。この辺り、まだまだ大きくはなりません。常に「透明感」を持って弾いて下さい。フォルテマーキングはほとんど無く、あってもメゾフォルテです(47小節目)。その他はp と dolce が基本になります。
本当にクレシェンドがかかるのは相当先の72小節目からになります。とても情熱的な部分です。82小節目をゴールに定め、徐々にテンションを上げて下さい。この82小節目と、83小節目の右手のカデンツはやっかいな部分となります。気持ち的にはとても高揚していますのでなおさら崩れやすい部分です。冷静に練習をして下さい。
84小節目から再びpとdolceの世界になります。物語が終わるように、場面が徐々に消えていくように、あるいは舞台に幕が下りるように99に向かって衰退していきます。
ここから先(100小節目以降)はフリスカになります(ジプシーの音楽で遅い部分をラッサン、早い部分をフリスカと言います)。学習者はまず、サラサーテのツィゴイネルワイゼンを聴いてみて下さい。正にその部分となります。テンポは自由にルバートをかけ決してメトロノームのようには弾きません。テンポは速く2拍子ではありますが、小節線などほぼ必要が無いくらい、崩して構いません。165小節目以降、変奏になります。1拍間、4つの16分音符はハッキリと4つきこえるように正確に弾きます。ここからテンポを徐々に速めていきますが、200小節目に達したらさらに速めなければなりませんので、165小節目のスタートはわりとゆっくりと始めます(そうしないと以降どんどん速くなりますので辻褄が合わなくなります)。そしてテンポは、最後の小節である259小節目まで速くします。途中でゆっくりしたり、止めたり、聴いている人たちに一息つかせてはいけません。これがハンガリー狂詩曲の演奏のコツです。決してテンションを緩めずどんどん圧迫していきます。終いには、頭がおかしくなってしまう位の興奮の坩堝を聴かせなければなりません。多少のミスタッチなど気にせずに、一気に、これ以上は派手になれないほど派手に、終わって下さい。