第3番 ニ長調 WoO 47-3
これまでの2曲より大規模な構成をとっていて、作曲の腕前が上がったことがうかがえる。鍵盤楽器の特徴を活かした語法で書かれており、ピアノ協奏曲を彷彿とさせるきらびやかな華やかさが楽曲全体に満ちている。ここに、C. P. E. バッハの「ギャラント様式」からの影響を見ることができるだろう。楽想のアイディアも豊富に盛り込まれており、推移部やコデッタの拡充、緩徐楽章に変奏形式を用いる試み、終楽章を「スケルツァンド」としたことなど、既存の形式に対する挑戦的かつ意欲的な姿勢が見られる。少年ベートーヴェンの若々しいエネルギーと野望にあふれた作品となっている。
第1楽章 Allegro アレグロ
ニ長調、4分の4拍子。無邪気なアウフタクトが心の中に舞い降りてくる。三度の重音は温かく、フレーズの語尾(第4小節)はころころと鈴を転がすような笑い声。8小節の主要主題の後、同じく8小節からなる楽しげな会話調の推移部が続き、イ長調の副主題(第17小節~)へ。初めの1小節のみカノン風に始まり、ピアノ協奏曲風の華麗なパッセージに移行する。移行部の最後(第37小節~)に、イ短調に陰った主要主題に副主題と絡めて変奏したものを登場させるなど、聴衆の耳をそばだたせる工夫が秀逸。展開部(第50小節~)はイ長調で開始し、めまぐるしく転調しながら技巧的なパッセージをくり広げる。再現部(第73小節~)の主要主題は短縮され、推移部なしに副主題に突入するが、省略されたかに思えた推移部は協奏曲風のパッセージの後、ひょっこり顔を出す(第95小節~)。定型に近い再現部にも一工夫凝らされている。
第2楽章 Menuetto sostenutoメヌエット:ソステヌート
イ長調、4分の3拍子、変奏曲形式。素朴で優雅なメヌエットをテーマとして、六つの変奏が続く。全ての変奏が古典的な音型変奏であり、主題の和声進行を守っている。第1変奏は右手が優美なアルペッジョとなって16分音符に細分化され、それと対称に第2変奏は左手が同様に細分化され、右手は主題の旋律を奏でる。第3変奏では三連符を基調としてさらに細分化され、第4変奏では32分音符にまで細分化が進む。現代のピアノは鍵盤が重くなっているため、テーマと同じテンポを保つのは困難であろうが、作曲当時のフォルテピアノなら充分に可能であっただろうから、ここは技巧をひけらかすのではなく、あくまで音楽表現として、風が舞うように軽やかに弾かれたい。第5変奏でイ短調に転じ、シンコペーションを中心とした簡素なリズムにリセットされる。第6変奏は最終変奏らしく晴れやかな曲想。
第3楽章 Scherzando: Allegro, ma non troppo スケルツァンド:アレグロ・マ・ノン・トロッポ
ニ長調、4分の2拍子。フィナーレにスケルツァンドと表記するのは珍しい。前半はソナタ形式の提示部の構成で、後半はコーダ付きのロンド形式。これまでになく楽節構造が凝っており、とくに副主題あたりの和声進行とフレーズ構造のズレが面白く、まるで副主題がどこから始まるのか隠そうとしているよう。これは故意の仕掛けなのか、はたまた即興の名手であったベートーヴェンの自然なインスピレーションによるものなのか。第16小節で主要主題が終止していることは明白だが、第17小節からカノン風に始まる推移部の構造が気まぐれで、筆者は4+1の5小節がカデンツァ風の推移部と捉えている。したがって、副主題は第22小節から4+4+6であり、第36小節からコデッタと見ている。第58小節から12小節間の間奏を挟んで主要主題が回帰して以降はロンド形式の様相を呈する。第89小節に現れるトリルは、後期ソナタの萌芽だろうか。