この作品が書かれた1886年の夏、ブラームスはスイ スのトゥーン(Thun)で過ごし、1886年から88年の三度の夏を、避暑のた めこの地を訪れて いる。トゥーンは、オーストリアのバード・イシュル(Bad Ischl)やペルチャッハ(Pörtschach)と並んで彼が好んで訪れ た避暑地のひとつ だ。ブラームスが親友のテオドール・ビルロート(Theodor Billoth, 1829~1894年)に宛てた手紙のなかには、 滞在している素敵 な部屋、美しい散歩道、おいしいレストラン、親切な人々と、トゥーンに大変満足している様子が記されている。この3つの避暑地はどれもが豊 かな自然に囲ま れ、美しい湖がすぐそばにある。ブラームスが水辺の静けさを愛し、長い散歩をし、夏の間ゆったりと幸せな気持ちで作品を書いてい た姿が思い浮かばれるだろう。
ブラームスについての 重要な伝記として、彼の友人であった音楽評論家のマックス・カルベック(Max Kalbeck, 1850 ~1921年)の著作が挙げられる が、その中には、この 作品はブラームスが好意を寄せていた女性の到着を待ちこがれながら書かれたと記されている。その女性とは歌手のヘルミーネ・シュ ピース(Hermine Spies, 1857~1893年)のことである。
ヴァイオリンソナタ第2番 には、ブラームス自身の歌曲作品のメロディーが引用されており、その作品とは、“Komm bald“ (すぐにおいで)Op.97-5 (1884~1885年)、そして、“Wie Melodien zieht es mir leise durch den Sinn“ (旋律がそっと心に触れるよ うに)Op.105-1 (1886年)である。両作品とも、詩はクラウ ス・グロート (Klaus Groth, 1819~1899年)による。
前者はひとり美しい庭を見渡しながら「あぁ 君が居れば!」と想う様子を描き、後者の大意は、「旋律や花の香りのように掴みどころのないものを言葉で描写しようとすると、すっかり色あせてしまうが、それでも詩の韻律には香りがはらまれている」である。引用された歌曲のタイトルと歌詞からも、ブラームスが歌詞のない器楽作品であるこのソナタに込めた、ヘルミーネへの想いを感じ取ることができるだろう。