第1楽章 Allegro moderato ト長調3/4拍子 ソナタ形式
楽章全体の形式はごく標準的なソナタ形式である。冒頭主題はトリルつきの4分音符と3音の下行音形から成る動機で始まる。
譜例1 冒頭主題
そしてこの冒頭主題と同じように、楽章内の複数の主要旋律が狭い音域内での上行ののち下行、という1小節程度の動機を含んでおり、全体に統一感を与えている(譜例2:副主題群の第72小節~、譜例3:終結主題の第84小節~)。
譜例2 副主題群、第89~73小節
譜例3 副主題群、第84~88小節
提示部:主題旋律ないし旋律の動機をピアノとヴァイオリンは交替交互に提示し、協奏的に扱う。一方で、第10小節から始まる楽節(第5小節の主要動機に基づく)ではピアノとヴァイオリンが同じ動きをする。
譜例4 主題群、第7~12小節
このように各声部が互いに同じリズムや同じ動機に揃うところは、形式上の節目に当たることが多い(第38小節~: ピアノの両声部、第55小節~、第79小節: ピアノとヴァイオリン)。こうした共通点も、旋律動機の共通点と並んで楽曲全体に統一感を与えている。また2つの楽器の間にあった旋律声部、伴奏声部といった関係を解消して均質なテクスチュアに一変させる点には、形式の区切りを際立たせる他に、音楽が単調にならないようとの配慮も伺える。
提示部の調性は主要主題群が主調ト長調、副主題群(第40小節~, 譜例5)が属調ニ長調という点では定式通りだが、副主題群がニ長調一辺倒ではなく、ニ長調の偽終止から♭VI調の変ロ長調へ転調する(第61小節~)あたりにベートーヴェンらしい調性への工夫が見て取れる。
譜例5 副主題群冒頭、第40~44小節
展開部:提示部終結主題の素材を使いながら、提示部を締め括るニ長調から低音の下行に従ってへ調(第98 小節~)、変ロ調(第104小節~)、ホ調(第111小節~)へと経過的な転調が起こるが、長短調のいずれかは定まらない。ピアノのバス・ラインが下行をやめ、モチーフが副主題群由来のものに変わってようやくホ長調が確定的になる(第116小節)。
その後は主調ドミナントへ向かい5度圏を通って転調が続けられる。和声的にはト長調のドミナントの持続によって(第131小節~)、モチーフ上はヴァイオリンとピアノが示す楽章冒頭主題旋律のトリルによって、第142小節からの再現部が準備される。また展開部の締めくくり(第132小節~)でピアノの両手、ヴァイオリンが同じリズムないしモチーフに揃う。形式上の区切りで2パートのリズムや動機が共通になる点は提示部と共通であり、統一的な構成が意図されていたという推測を補強する。
再現部:冒頭主題は、提示部とは逆にピアノパートが初めに旋律声部を担う。移行部(第151小節~)でト長調の♭VI調変ホ長調になる点は、副主題群の転調との繋がりを思い出させる。
第239小節からトリルを伴う主要主題に基づくコーダに入る。主題が楽章の主調ト長調の下属調、ハ長調で短く提示されたのち、ト短調の減七和音がかき鳴らされ、ピアノ右手のアルペジオを伴奏として主題冒頭のトリル付きの動機がヴァイオリンとピアノの間でやり取りされる。再び主調ト長調が導かれると(第255小節~)、動機がさらに短縮されるのに合わせて入りの間隔も切迫、強弱も高まり、楽章中で初めての16分音符で両パートが勢いを増して上行、華やかなトリルで楽章の締めくくりに入るかに見えるが(第267小節)、直ちに冒頭の穏やかな性格に引き戻され、第171小節で静かに全終止しコーダが導かれる。主要主題に基づくコーダは最後の3小節でヴァイオリン、ピアノが一気に上行しフォルテで曲を閉じる。
第2楽章 Adagio espressivo 変ホ長調2/4拍子 リート形式
コロラトゥーラ(声楽における装飾的な楽句)を思わせる装飾的なパッセージの多い歌唱的旋律による抒情的楽章。エスプレッシーヴォespressivo(表情豊かに)という楽想表示が求めるところは、部分的には豊富なペダル指示や盛んに揺れるデュナーミクといった具体的な形でも指示されている。
楽章の調性は、作品の主調ト長調(シャープ1つ)に対し、変ホ長調(フラット3つ)という異例の選択である。U. シャイデラーはこの調選択を、本来期待される下属調ハ長調の平行調ハ短調との関連から解釈すると共に、第1楽章と第3楽章トリオ、第4楽章の間奏部(第164小節~)における変ホ長調への転調との繋がりを指摘している(※1)。また移行部でフラット6つの嬰ト長調に至る点(第26小節)やコーダにおける和音の交替(後述)には、ベートーヴェンが広い視野に立って調性、和声構造を工夫していたことが読み取れる。
A部(第1~20小節)はピアノの独奏で奏でられる主題とヴァイオリンが旋律声部となる部分の2つの部分から成る。第9~11小節はピアノ独奏主題の名残りだが、第8小節の旋律の3度下行が後続のヴァイオリンの旋律素材になっていることから、この部分は楽器法と旋律の両方の面でA部の前半と後半を橋渡ししている。後半部分は変イ長調に転調。
変イ長調の終止と同時に移行部に入る。ここではピアノパートの32分音符の細かい動きと8分音符の一定したリズムにのって転調が繰り広げられる。第31小節からドミナントを引き伸ばして楽章の主調回帰を予感させながら、直接トニックに解決するのを避けるあたりにも、和声的色彩への工夫が感じられる。
A部再現(第38小節~)では、旋律声部を担うパートが楽章冒頭から変更される。A部の後半は伴奏音形と第12~14小節の和声構造は保たれるが、旋律は冒頭の3度下行を除いて変更されている。また第15小節以降は省略され、第49~51小節が変奏反復されてコーダに入る。
コーダ(第54小節~)では、主音保続音上で長和音と減7和音、増6の和音といった不協和音が交替し、デュナーミクとともに楽章の終わり間近まで音楽の安定はもたらされない。和声的な揺れとリズムが落ち着いたところで、ピアノのトレモロが音楽の静止を妨げ、ヴァイオリンの導音嬰ハ音がスケルツォへの移行を準備する。
第3楽章 スケルツォ Allegro ト短調3/4拍子
トリオ 変ホ長調3/4拍子
スケルツォ主部は16(8+8)小節の楽段2つから成る。どちらもピアノが先に主声部を示し、ヴァイオリンがそれを繰り返す。また基本となるリズムモチーフも同じである。繰返しの際にはピアノパートの上声部が弱拍で打鍵し、よりリズムに動きが与えられる。
トリオ部もスケルツォ主部と同じくシンプルで、両者の間には共通点も多い。例えばトリオ部もスケルツォ主部と似たように、片方のパートが旋律を提示してそれを別のパートが繰返す。8小節単位の旋律構造もスケルツォと共通である。このように構造上の共通点を持たせながら、ベートーヴェンは次のような点でスケルツォとトリオを対照させる。例えば、リズミカルなスケルツォ主部とは対照的にトリオ部はレガートが支配的である。また主旋律声部を担う順番がスケルツォ主部と逆転して、トリオ部はヴァイオリンパートが先になるほか、声部が単に2パート間で交替するだけではなく、第20小節からはヴァイオリン、ピアノパート上声部、ピアノパート低声部の順の模倣になる。高音の使用音域が3点変ロ音まで広がっているのも、スケルツォ主部とトリオを対照づける一要因と言える。
スケルツォ主部の再現ののち、コーダでト長調に転調。スケルツォ主題が短く提示される。なおコーダでは主題の第7~8小節にあたる部分が第23~24小節に相応する形にされているが、これはトニックに全終止するための変更と思われる。
第4楽章 Poco Allegretto ト長調2/4拍子 変奏形式。
主題と8つの変奏、コーダから成る。32(16+16)小節にわたる主題の前半、後半はそれぞれ、初めの8小節においてピアノパートがソロで主旋律を担い、のちに旋律がオクターヴ上で、ヴァイオリンパートのオクターヴの平行進行を伴って繰返される。主題後半は主調ト長調に対して3度関係のロ長調に転調。
主題旋律の骨格音は各変奏でも保たれる。第1~第3変奏(第33~112小節)は、変奏曲でよくあるように、基本となる音価が次第に短く分割されていく。
第4変奏(第113~144小節)は旋律声部と伴奏声部にはっきり分かれた第3変奏までのテクスチュアから一転、リズミックな和音と滑り下りるような音階の対照的な2小節の交替で構成される。
第5変奏(第145小節~)はAdagio、6/8拍子に変わり、ピアノを中心に技巧的、装飾的なパッセージが紡がれる。なお半楽節ごとに主声部を担うパートが変わり、主題楽節各8小節の繰返しはない。第5変奏の末尾はト長調主和音に終止する代わりにドミナントが延長されて(第160小節~)、第6変奏を導く間奏部へと移行する。主題旋律の原形に基づく間奏部(第164小節~)における変ホ長調への転調と多楽章との関連は、先述の通りシャイデラーも指摘するところである。
ト長調に戻って第6変奏(第174~206小節)はAllegroへとテンポを速め、拍頭のsfや伴奏のスタッカートにより、音楽は第5変奏と極めて対照的に活発に進んでいく。第206小節から第217小節を第6変奏の一部とする解釈もあるが、第206小節で主題原型の通り主和音に終止し、その後は動機も和声進行も一転することから、この部分はむしろ移行部と見做す方が適切であろう。
続くト短調の第7変奏では、確かに主題旋律の冒頭部分が「変奏」され、低声から上声へと模倣されているものの、主題後半部の旋律変奏はなく、また調性も第234小節からハ短調、変ホ長調、ニ長調、ト長調と流動的に変わるため、古典的な完結した一変奏というより移行的な性格が強く感じられる。
第246小節からの最終変奏では、主題のピアノパートよりも推進力のあるアルペジオを伴奏に、主題旋律が原型で奏され、主題提示終了と同時に力強いユニゾンのパッセージがコーダの始まりを合図する。そして両パートが順に、協奏曲のソロパートのように楽章中で最も高いd4まで駆け上がり、クライマックスを形成する。楽章最後にテンポを落として主題旋律の一部が現れ、動機が徐々に短く断片化、切迫され、再度、急速なテンポで楽章の終了へ、という構図は、例えば弦楽四重奏曲作品18第2番終楽章などにもあるように、多楽章作品の終楽章ではよくあるものである。なおコーダで各パートが交代に上行パッセージを担う点や楽章末のピアノによるオクターヴの分散和音上でのg3までの上行などは第1楽章と共通するが、これは楽章間の意図的な関連付けというよりも、楽章の結尾によくある手法の一つと考えた方が妥当であろう。
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※1
Ullrich Scheideler, „Sonaten für Violine und Klavier,“ in Beethovens Kammermusik, ed. by Friedrich Geiger and Martina Sichardt, Beethoven-Handbuch, vol. 3, Laaber: Laaber-Verlag, 2014, p. 50.