ヒラー, フェルディナント : 6つのエチュード組曲(24の練習曲) Op.15
Hiller, Ferdinand (von) : 24 Etudes [6 Suites] Op.15
作品概要
出版年:1834年
初出版社:Hofmeister
献呈先:Monsieur Meyerbeer
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:練習曲
総演奏時間:1時間02分30秒
著作権:パブリック・ドメイン
解説 (1)
執筆者 : 上田 泰史
(1245 文字)
更新日:2011年5月13日
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執筆者 : 上田 泰史 (1245 文字)
パリ滞在中の若きヒラーが22歳の時に出版した野心作《6つのエチュード組曲》作品15は、産業と流行の最先端パリがヒラーに授けた音のつややかさ、色彩感あふれる和声が、持ち前のスケール感、古典音楽への造詣と幸福に結び合った極めて個性的な大作である。
この作品を献じられたのは、当時ヨーロッパで最も影響力のあったグランド・オペラ作曲家ジャコモ・マイアベーア(1791-1864)である。若いころ、自らも優れたピアニストとして活躍したマイアベーアは、ヒラーを「ジュピター・ロッシーニ」と呼んだが、それはオリンポス山に住まうギリシア(ローマ)神話の最高神に喩えられたパリ楽壇最高の音楽家ロッシーニのピアノ界における化身として、ヒラーを讃えた言葉であった。
この練習曲集は、タイトルに示されるように6つの組曲からなる。このような構成をとる練習曲は非常に珍しい。24曲は、6つのグループに分けられているが、以下に示すように曲数は組曲ごとに異なる。
第1組曲・・・第1番~第6番(6曲)
第2組曲・・・第7番~第10番(4曲)
第3組曲・・・第11番~第13番(3曲)
第4組曲・・・第14番~第17番(4曲)
第5組曲・・・第18番~第20番(3曲)
第6組曲・・・第21番~第24番(4曲)
それぞれの組曲は調性・様式・形式の点で緩やかなまとまりを成している。たとえば第2、3、4、6組曲は、各組曲の冒頭曲と終曲の主音が共通であり、組曲の始まりと終わりが調的に枠づけられている(第2組曲:変ホ短調→変ホ長調、第3組曲:ハ短調→ハ長調、第4組曲:嬰へ長調→嬰ヘ短調、第6組曲:変ロ短調→変ロ長調)。
様式という観点からみると、例えば第1、第2、第4組曲は革新的な演奏技巧を、同時代のオペラ・アリアやピアノ音楽に見られる音楽語法の中にまとめ上げいる。一方、第3組曲はフーガ(第12曲)、古典的な舞曲であるジーグ(第13曲)といったバロック風の外観を装う。第5、6組曲は一見保守的なヒラーに潜む狂気と鮮やかな閃き、実験的な響き、そしてそれを統制する冷静な手腕を示す。各組曲はいずれも異なる性格をもつので、これらいずれか一つを聴いただけではヒラーの想像力の拡がりを認識することはできないだろう。
ヒラーの練習曲にはさまざまな作曲家のスタイルが万華鏡のように現れる。この曲集を聴きながら、パリの著名な先輩ピアニスト兼作曲家カルクブレンナー、同世代のショパン、アルカン、リスト、ローゼンハイン、シューマン、あるいは33年に誕生したばかりのブラームスまでもが想起されるかもしれない。だが、この多様性は単に他の作曲家からの影響という点だけから説明することはできない。なぜなら1834年という出版年代を考えると、不協和音の用法をはじめとする彼の発想はむしろ彼ら同時代の作曲家に先んじている部分が少なからずあるからだ。20代前半にしてこれほどの多様な作曲・演奏技術と創意を持ち合わせたヒラーは、パリのピアノ界に大きなインパクトを与えたはずである。