「クラーマー=ビューロー60番練習曲」で知られるクラーマーはクレメンティの弟子で、当時の代表的なコンポーザー=ピアニストの一人であった。終生イギリスを拠点に活躍、紳士的な人柄と気品ある演奏から「グロリアス・ジョン」(栄光あるジョン)と呼ばれて人望を集めた。ヴィクトリア女王の覚えもめでたかったという。クラーマーは2台ピアノも好み、師匠クレメンティ、友人のデュセック(ドゥシーク)やモシェレスらとデュオを組んで演奏した。本作はハープとピアノ、または2台ピアノ用と出版譜に明記されたクラーマーの正規のピアノデュオ作品の一つ。任意パートとしてホルン2本の追加も可能(当時としては珍しい組合せではなく、ドゥシークの二重奏曲 Op. 38 など全く同一の編成例がある)。2台ピアノでやる場合、ハープパートがそのまま第1ピアノとなる。ショパンの登場以前、ジョン・フィールドと同時期に書かれた「夜想曲」としても興味深い。実質的に序奏付きの堂々たる3楽章制のソナタといってよい規模を具える。序奏ラルゴ、4分の3拍子、変ホ長調。第1楽章アレグレット・モデラート、4分の4拍子、変ホ長調。第2楽章アンダンテ・クワジ・アレグレット、4分の2拍子、変ロ長調。第3楽章(ロンド)アレグレット・モデラート、4分の2拍子、変ホ長調。美しくあでやかな展開が一貫し、エチュードのイメージとは異なる洗練された社交家「グロリアス・ジョン」の面目躍如というところ。コドリントン家の令嬢たち(Miss C. & G. Codrington)への献呈。譜面の表紙には「作曲者とマダム・クルムフォルツにより、ハノーヴァー・スクエア・ルームズにて演奏された」とある。同所は19世紀ロンドンを代表する格式高いコンサートホール。近代的な喫茶室とホワイエを完備、900人収容、音響効果にも優れていたという。共演者のクルムフォルツ夫人(Anne-Marie Krumpholtz)はハーピストで、フランスの作曲家ジャン=バティスト・クルムフォルツの元妻。大革命の時期に夫を置いてフランスを出奔し、ロンドンで長く活躍した。