ミヨーが家族ぐるみで親しくしていた友人一家に贈ったピアノ小品集である。《友だちの歓迎》のほか《親切なもてなし》《親密な歓待》などの邦題もある。現行のユジェル版は仏、英、日の3ヶ国語表記で、“M. M.” こと、ミヨーの妻マドレーヌ・ミヨーによる序文の和訳も付いているから、本作成立の経緯は日本人にも容易に理解できる。ただし、ミヨーの友人ピエール・クローデルがいかなる人物で、その一家が当時のアメリカでいかなる立場にあったかについて、現代人にはいささかの説明を要しよう。ピエール・クローデルは外交官詩人ポール・クローデルの長男である。ポールの姉が彫刻家のカミーユ・クローデルであることもよく知られている通りで、クローデル家は代々芸術家を輩出したフランスの名家であった。ピエール・クローデルは1933年、高級宝飾品で知られるカルティエ(カルチェ)の創業家の娘、マリオン・カルティエとアメリカで結婚した。ビッグカップルの誕生は当時世界的なニュースとなった。実業にも才のあったピエールはカルティエの経営に参画し、一男五女の子宝にも恵まれたピエール一家はアメリカ屈指のセレブリティとして知られた。
ミヨーはポール・クローデルとの長年の交友から当然ピエールとも親しく、1943年の暮れにニューヨークのピエール一家を訪問した際に家族の一人ずつにピアノの小品を書いた。その後も末っ子が生まれたり、日本で言えば七五三のような子どもたちの成長の節目に小品が書き足されていったのである。各曲には書かれた年が明記され、少しずつ曲が増えていく様子をたどることができるのも面白い。何曲かは特に平易で、初級者のレッスンに使うのも良い。子ども向きの曲ばかりではなく、聖書をひもとくピエール、画才のあったマリオン(結婚後はマリオン・カルティエ・クローデルを名乗った)を描写した本格的な大人の曲もある。出版譜にはマリオンの描いたイラストが採用された。2017年にはピエール夫妻の長女ヴィオレーヌ・ボンゾン・クローデル(Violaine Bonzon Claudel)が本作のミヨーの自筆譜一曲ずつに母マリオンの描いた水彩画を添えた画集を刊行した(L’accueil amical : Aquarelles de Marion Cartier Claudel et partitions de Darius Milhaud, Editions Bleulefit, 2017)。ヴィオレーヌは大伯母カミーユ・クローデルの研究者でもある。ミヨーがクローデル家との間に通わせた温かな心の交流は、70年を経てもなお色褪せることなくあざやかな輝きを放っているのである。
第1曲 Pyjama Rouge 赤いパジャマ。4分の3拍子、ヘ長調(調号なし。以下同)。Mélodieux(歌うように)。1944年1月。
第2曲 Bonjour Violaine こんにちはヴィオレーヌ。8分の6拍子、ヘ長調。Souple(やわらかく)。1943年12月24日、ニューヨークにて。
第3曲 Pyjama Bleu 青いパジャマ。4分の2拍子、ハ長調。Allègre(元気に)。1944年。
第4曲 Bonjour Dominique こんにちはドミニク。4分の2拍子、ハ長調。Tranquille(しずかに)。1943年12月24日、ニューヨークにて。
第5曲 Elma Joue 遊ぶエルマ。4分の2拍子、ハ長調。Alerte(いきいきと)。1944年。
第6曲 Marie dort 眠るマリー。4分の2拍子、ハ長調。Lent(おそく)。1944年1月3日。
第7曲 La nouvelle dent 新しい歯。4分の2拍子、ハ長調。Modéré(おだやかに)。1944年4月24日、亡命から4年、ミルズにて。
第8曲 Mademoiselle No 5 第五の令嬢。4分の5拍子、変ホ長調。Très décidé(きっぱりと)。1947年2月9日。
第9曲 Bonjour Philippine! こんにちはフィリッピーヌ! 4分の2拍子、ハ長調。Très vite s’il vous plaît(よろしければとてもお速く願います)。1944年。
第10曲 Pierre écrit des commentaires 注釈を書くピエール。4分の3拍子、ハ短調。Lent et grave(おそく重たく)。1944年、シカゴに向かう車中にて。
第11曲 Marion peint 絵を描くマリオン。8分の6拍子、ヘ長調。Calmement(おちついて)。1944年、シカゴに向かう車中にて。
第12曲 La Récrétion リクレーション。4分の3拍子、ニ長調。Sans hâte(いそがないで)。1945年1月25日。
第13曲 La douce hospitalité, les chers amis やさしいおもてなしをありがとう。8分の6拍子、変イ長調。Lent(おそく)。1944年、シカゴに向かう車中にて。
第14曲 Colin Maillard 目隠し鬼ごっこ。4分の4拍子、ト長調。Aussi vite que possible(できるだけ速く)。1945年1月25日。
第15曲 Petit Pierre est arrivé un beau jour d’été ある素晴らしい夏の日にやってきた小さなピエール。4分の3拍子、ハ長調。Modéré(おだやかに)。1948年8月16日、ロング・メドー・ファームにて。
第16曲 Les dragées du Baptême 15 Août 1948 洗礼のドラジェ 1948年8月15日。4分の2拍子、変ホ長調。Vif(速く)。1948年8月16日、テキサス州、グランドプレーリーにて。
第17曲 Lettre de Château 城の手紙。4分の3拍子、ハ長調。Solennel(おごそかに)。1944年、シカゴに向かう車中にて。