作品の完成は1784年3月22日。前作からたったの1週間しか経っていない。初演は、当時モーツァルト夫妻が住んでいたトラットナーホーフ(出版業者トラットナーの建てた館)にあるカジノにおいて、モーツァルト主宰の「トラットナー・カジノ演奏会」の3回目にあたる3月31日の予約演奏会にて。
この年はピアノ協奏曲のもっとも多産な年であり、6曲(第14~19番)が作曲された。この第16番はその3曲目である。ピアノ音楽としての華やかさを追求した前作とは違い、当時の絶好調のモーツァルトを表しているかのように、この作品はトランペットとティンパニを含む大編成となっている。おまけに、のびやかな明るさをもつニ長調の響きが、シンフォニックな書法で生み出され、協奏曲とは思えない壮大さを感じさせる。また、父宛の書簡において、第15番も第16番も「汗をかかされる協奏曲」であるとモーツァルト自身が述べているように、独奏ピアノのヴィルトゥオジティにも目を見張るものがある。
両端楽章にはモーツァルト自身によるカデンツァが残されている。
第1楽章:アレグロ・アッサイ、ニ長調、4/4拍子。協奏的ソナタ形式。主音のユニゾンで力強く開始する。ひときわ強い印象を残す付点による下行旋律は、高貴な人物が階段をおりてくる様を想像させ、登場するやいなや十六分音符で華々しいパッセージで盛り立てる独奏ピアノは楽章を通してそうした動きを中心として奏される。
第2楽章:アンダンテ、ト長調、2/2拍子。ロンド形式。雄々しい前楽章とはうってかわって子守唄のようなやわらかい主題をもつ。声部間の掛け合いや絡みが興味深い楽章である。
第3楽章:ロンド。アレグロ・ディ・モルト、ニ長調、2/4拍子。楽器間での旋律の受け渡しがおもしろい楽章。カデンツァの後のコーダで3/8拍子に変化し、より愉快な盛り上がりを見せて作品を閉じている。ピアノは、冒頭楽章と同様に、主題の他は十六分音符で細やかに楽章を彩っている。