まさに禁断の掟を破ったかのようなベートーヴェンの代表的なソナタです。このソナタの登場により、これまで暗黙の了解でやってはいけなかったことが全部破られてしまったわけですね。しかしながら、背景にはいつでもある弦楽四重奏やピアノトリオ、オーケストラ的な要素はまだ健在です。51小節目以降のセクションは、まさに弦楽四重奏と言えるでしょう。いつでも器楽をイメージして演奏して下さい。
このソナタは技術的にも大変難しく、筆者にとっては熱情ソナタの方がまだ楽な位、このソナタの技術は相当大変です。誰もが弾いてみたい衝動に駆られるソナタだとは思いますが、筆者個人的な意見で、このソナタは初期、中期のベートーヴェンのソナタの中では、一番最後に手を付けた方が良いソナタだと思っています。
冒頭、1ー10小節間、実にいい加減に弾かれてしまうセクションです。何がいい加減になってしまうかというとタイミングの問題です(リズム)。この最初に記載されている、graveのようなテンポで、音符の種類が、4分音符から32分音符まで使われている場合、タイミングは狂いやすいし、無理もありません。このうような時は、「サブディビジョン」という手段を使います。サブディビジョンとは、細分化するということで、細かい音符を基本にリズムを取っていきます。
もっとも難しい方法としては、4分音符を基本にリズムを取るやり方で、これは混乱します。もっとも確かな方法としては、32分音符を基本に考えるやり方ですが、メトロノームなどでは、これはかなり速いクリックになりますので、その手前の、16分音符を基準にリズムを取るようにします。
例えば、16分音符1つの速さをメトロノームで100ー110に設定します。そうしますと4分音符を弾いたとき、クリック4つですので、数えやすくなります。8分音符基準でも構わないのですが、最初は16分音符で試してみて下さい。こうしていくと、多少の無理が生ずる小節が2カ所あります。4小節目と10小節目です。ここはどうしても32分音符より音符が細かくなる小節ですので、メトロノーム通りには進めません。カデンツ的部分ですから、多少時間を取っても構いません。
この2小節以外の小節はきちんとカウントを取って下さい。
次の提示部、Allegro di molt e con brioに入る前に、ここで、ベートーヴェンのソナタを弾く際に注意しなければならない事を2つ説明いたします。これは、このソナタに限らず、ベートーヴェンの作品全てに共通することですので憶えて下さい。
まずスフォルツアンドと言う意味です。フォルテの左側に小さい s が付いている記号で、これは多くの学習者が、「その音だけを特に強く」と理解しています。実際は、「そのダイナミックの範囲内でその音だけを強く」です。つまり、前者で言うと、pであろうがFであろうが、大きい音を出すと言う風に理解していますが、実際は、ダイナミックが何であるかによってスフォルツアンドの強さは異なってきます。
例えば、フォルテのセクションにスフォルツアンドがあれば、かなり大きな音を弾くことになりますが、pのセクションにスフォルツアンドがあれば、ほんの少しアクセントを付ける程度になります。例えば、27小節目をご覧下さい。マーキングはpです。ですから2拍目のスフォルツアンドは少しだけアクセントを付ける程度に留めなければなりません。
これが1つ。
もう1つは、ダイナミックの指示の話です。彼が(ベートーヴェンが)例えば、クレシェンドと書いていたら、そこからクレシェンドするのですが、彼がリクエストをしてからそれに従います。例えば,11小節目をご覧下さい。11ー14小節間、音形はどんどん上行していますね。だからついついクレシェンドをかけたくなってしまうのですが、彼がクレシェンドをリクエストしているのは、15小節目からです。ですから、ここまではpに留めておきます。この、ダイナミックの位置を正確に守ることが2つ目に大事なことになります。
音楽的な理解の仕方についてですが、基本的に、和音を長・短・減・増と分けた場合、単純に、短と減が悲痛な気持ちを表し、長は安堵や期待感など肯定的な気持ちを表わすと考えて良いと思います。
例えば冒頭1ー10小節間、ベートーヴェンが好む、急激なダイナミクスの変化が見られますね。至る所に見られる突然のフォルテはこの場合、悲痛な叫びと理解します。1ー3小節目、短3和音と、減3和音が使われています。決して楽しいムードではありません。そして、5小節目以降、実に優しさを伴う、平和なメロディーが流れますね。ところが、4拍目で突然フォルテッシモ+減3和音になります。これは、心理状態で言うと、突然、悲痛なことを思い出す、頭に現実が瞬間的に過ぎる、ようなアイデアとお考え下さい。