8.「郷愁」
この曲が日本人によって殆ど弾かれていない事実には驚かされます。相当マニアックな部類に入ってしまう曲なのかもしれません。しかし演奏法によっては魅力的な曲になります。この曲で難しいのは心理状態をイメージすることにあるかもしれません。表題の通り、例えば望郷(懐かしく故郷を思い出すこと)であるとします。人の頭の中は瞬間瞬間で様々な思い出を思い出します。この曲ほど多くの異なったテンポマーキングや、accel、rall、などのテンポ関係の指示が、こんな3ページほどの短い曲中に細かく指示されている曲も珍しいのではないかと思います。そのような、決して1つの思い出はなく、様々な思い出が瞬間的に人の頭に蘇ると仮定してください。
それは運命的であったり(冒頭2小節)、悲しみを思い出したり(3-5小節間)、記憶を徐々に辿って行ったり(6-7小節間)します。それを「何の思い出」と具体的に想像する必要はありません。漠然とでも構いませんのでムードのみを察してください。そしてこれら1つ1つの思い出は、最終的に、1つの曲として成り立たなければならず、多くの曲が断片的に聴こえないようにすることがコツの1つです。奏者は細かい速度表示を守り、多くのセクションのつなぎ方に工夫をして、スムーズに曲が流れるようにしてください。
冒頭はLentoですが、リストのLentoはメトロノームの数字ではありません。「ゆったりと」と言う意味です。リストの場合、Lentoと書いてあるからといって決して遅くしすぎないことです。1-19小節間はLentoとAndantinoが表示されていますが、決してこれにこだわる必要はありません。多くのaccelやrallを守りつつも、自然にセクションをつなげ、突然ある小節から急激に速くなったり遅くなったりすることが無いようにします。この1-19小節間で既に心理的に葛藤があります。時に圧迫し(10-13小節間)、時にふっと消えていくような(18小節目)心理描写を表現してください。
20-27小節間、Adagio dolent(ゆっくり、悲しみを持って)の部分では、悲しみの表現が20-23小節間、過去の楽しい思い出が24-25小節間、厳しい現実が26-27小節間にあると考えます。
28小節目以降は、1小節目と全く同じ素材が、異なった調で演奏されます。同じことが何度も頭に浮かぶ様子です。
53小節目からはカノンになりますが、57小節目をピークポイントとして、聴いている人達を圧迫します。この曲で最もドラマティックな部分になります。テンポが多少乱れた方が、agitatoの雰囲気は出ます。
そして再び61小節目から最後まで、同じ思い出が頭の中を巡ります。これは1つの例に過ぎませんが、目紛しく変わる思い出のイメージを持って演奏してみてください。