この曲および《幻想曲とフゲッタ》変ロ長調BWV907は、ほとんどが1段の譜面に低音数字と共に記される作品である。弟子の作曲と即興の教材に使われたとみられ、真作/偽作の議論を超越してバッハときわめて関わりの深い作品と考えられる。元が誰の作曲であれ、数字はたいへん厳密かつ正確に振られている。数字は勿論、元の旋律にもバッハが手を加えた可能性は高い。この2曲の解決譜はチェルニーが提供している。
なお、この種の楽曲を鍵盤用パルティメントと呼び、17-18世紀のドイツでは教材としてよく用いられていた。当時の証言から、バッハの同時代人で1714年にハレのオルガニスト――バッハが巨匠ラインケン(1643-1722)の前ですばらしい即興演奏をして見事に選出されるも、バッハ自身が辞退した地位――に就任したゴットフリート・キルヒホフ(1685-1746)の曲であるとされるが、確証は得られない。
このパルティメントは、見た目こそ単旋律であっても、楽曲の形式はすでにその中に示されている。書かれていない声部を補うには、各部の調と楽曲構造上の機能をよく理解していなければならない。調は頻繁に設定されるカデンツから容易に把握することができる。
幻想曲は、主に左手が提示され、右手を数字だけで補わなければならない。BWV907よりも各楽句が小さく、数字がひじょうに細やかに付けられているので、それほど迷うことはない。
フゲッタは8分の12拍子で、いっけんすると音が多いが、4分の4拍子を三連符で分割して経過音や分散和音で装飾しているといって差し支えない。従って、和声の動きは緩やかである。また、オクターヴ跳躍の動機がジーグのようなリズムを生み出し、楽曲の完成形にヒントを与えている。BWV907と同様、最初の提示部がお手本として示される。