この曲および《幻想曲とフゲッタ》ニ長調BWV908は、ほとんどが1段の譜面に低音数字と共に記される作品である。弟子の作曲と即興の教材に使われたとみられ、真作/偽作の議論を超越してバッハときわめて関わりの深い作品と考えられる。元が誰の作曲であれ、数字はたいへん厳密かつ正確に振られている。数字は勿論、元の旋律にもバッハが手を加えた可能性は高い。この2曲の解決譜はチェルニーが提供している。
なお、この種の楽曲を鍵盤用パルティメントと呼び、17-18世紀のドイツでは教材としてよく用いられていた。当時の証言から、バッハの同時代人で1714年にハレのオルガニスト――バッハが巨匠ラインケン(1823-1722)の前ですばらしい即興演奏をして見事に選出されるも、バッハ自身が辞退した地位――に就任したゴットフリート・キルヒホフ(1685-1746)の曲であるとされるが、確証は得られない。
このパルティメントは、見た目こそ単旋律であっても、楽曲の形式はすでにその中に示されている。書かれていない声部を補うには、各部の調と楽曲構造上の機能をよく理解していなければならない。調は頻繁に設定されるカデンツから容易に把握することができる。
幻想曲は、下行ないし上行音階が両手の音域にまたがって提示される主題動機と、回音音型が休みなく連なる間句から成る。回音音型は、続くフゲッタの主題を予示している。
フゲッタは、お手本として最初提示部が示されるが、これ以降は奏者に委ねられる。お手本は近接進行を一切含まず、主題が上声・中声・下声に順次現れるような単純なものである。間句を挟んで登場する次の主題提示群は、下声から上声へ向かうように組み立てられねばならない。数字に従って簡単な和音を鳴らすのはごく簡単であるし、動機を組み合わせて対旋律を独自に展開してもよい。
このように楽曲の補完を考えてみると、素材として提示される回音と音階は調推移や構造の把握に有益であり、まるで楽譜から補完すべき音が聞こえてくるようである。このパルティメントが学習用としてきわめて巧みに作られていることが判る。