大規模なヴィルトゥオーゾ・フーガのひとつ。バッハの最後の弟子の一人、J.C.キッテルの筆写譜などに伝えられる。それ以前の資料ではファンタジアとフーガが別々に現れるため、これらを対にしたのはキッテルだった可能性もある。成立年は不明だが、曲の様式は古風である。
ファンタジアでは、12小節に及ぶリトルネッロの間に、リトルネッロから取り出した主題が展開される。リトルネッロは冒頭と終結はまったく同形だが、間の2回は移調し装飾を加えた形で現れる。声部書法はかなり自由で、リトルネッロでは4声以上、エピソード(展開部分)では概ね3声だが、和音を加えて音の厚みを増すことには何らの躊躇が見られない。しかしそれでもこの曲がきわめて古い響きを持つのは、協奏曲風の対比の原理がまったく働いていない上、全声部が参加する完全終止定型がリトルネッロ以外の所で容易に成立しないことにある。全体はどこかの声部の掛留音によって常に休みなく続く。こうした厳粛な雰囲気は、オルガン用作品を思わせる。また、協和音中心の和声進行が哀調を帯びた透明感のある響きを生み出す。それは、半音階による直截的な感情表出ではなく、表面上は落ち着きを保ちながらも慟哭を秘めた、王者の哀しみである。
フーガは3部分に分かれ、対照的な2つの主題を持つ。前半と後半の始まりにそれぞれの主題を提示、第3部、すなわち後半の後半部分で2つの主題を組み合わせた展開が行われる。対主題の反行形や転回も交えてかなり複雑な対位法の技巧が駆使され、全体は概ね4声を維持し、そのため響きは重厚になる。演奏に際しては、声部の明快な弾き分けのみならず、手の交差や幅の広い音程など高い要求がなされるが、2つの主題の対比が織り成す緊張感は二重フーガの醍醐味であり、とりわけ演奏する者にとって充実感のある作品である。