アルカン, シャルル=ヴァランタン :片手ずつ、および両手のための3つの大練習曲 右手のための序奏、変奏とフィナーレ [Op.76-2] ニ長調

Alkan, Charles-Valentin:Trois grandes études pour les deux mains separées et reunies Introduction,Variations et Finale, pour la main droite seule D-Dur [Op.76-2]

作品概要

楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:練習曲
総演奏時間:16分00秒

解説 (1)

楽曲分析 : 上田 泰史  (3280文字)

更新日:2018年3月12日
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第2番 〈右手のための序奏、変奏とフィナーレ〉 ラルガメンテ―アンダンテ―アレグロ・モデラート ニ長調 4/4拍子  19世紀から20世紀にかけて、Th. デーラー、A. フマガッリ、J. ブラームスM. ラヴェルら多くの作曲家たちが左手のために作品を書いたが、右手のためのピアノ曲は多くない。この第2番は、右手だけのために書かれた大規模ピアノ作品としては最初期の例である。全体は序奏・主題と4つの変奏・フィナーレから成る。各部の小節数を比較すると、序奏が50小節、主題と変奏が105小節(反復は考慮しない)、フィナーレが63小節(コーダを含む)となっており、序奏とフィナーレだけで主題と変奏部分に匹敵する長さをもつ。序奏が長いのは、序奏の内にも序奏主題の反復と展開が含まれているからである。序奏の主たる調がニ長調であるのに対し、主題と変奏は属調のイ長調、フィナーレはニ長調である。各部分で頻繁に転調が生じてはいるものの、大きな調的枠組みとしては古典的な3部構造を取っている。 1.序奏  ・序奏  序奏はA-B-A+推移を、調を変えて反復する。まず、コラール風の性格をもつ8小節の主題で始まる。ここでは2オクターヴから3オクターヴにわたるアルペッジョが連続し、最上声に旋律が置かれる。   この序奏主題は、カデンツで区切られることなく、4オクターヴに及ぶ巨大なアルペッジョでロ短調の属和音がffで鳴り響き、中断される。続いて神秘的なBが来る。pで始まるBはニ短調に始まる推移的なセクションである。中音域にオクターヴの旋律が置かれ、その間を和音が4オクターヴにわたって打ち鳴らされる。   再びAが回帰するが、今度はヘ長調に移される。このA1は7小節で遮られ、序奏主題の展開が導かれる。   序奏後半の開始を告げるこの展開(A2)は、主調(ニ長調)で始まり、最上声部に置かれた旋律を、その下で波打つアルペッジョが伴奏する。第28小節で嬰ヘ短調に転調し、巨大なアルペッジョが属和音を響かせてB1を導く。  B1は、今度はイ短調に始まり、ホ短調の属七を華麗なアルペッジョで響かせる。この属七はホ長調の主和音に解決し、A3が導かれる。A3では、序奏主題は完全な形では現れず、主題を変形させた下行音型がバスに置かれ、連打される和音のなかで4小節のみ聴かれる。第44小節でホ長調の主和音が大きなアルペッジョとして鳴り響くと、続く4小節の推移でイ短調の属七となって、「アンダンテ」の主題が登場する。ここまでに要する演奏時間はおよそ5分。 2. 主題  モーツァルト風の変奏主題「アンダンテ」は、6/8拍子で「甘美に(dolcemente)」歌われる旋律と分散和音による伴奏で書かれている。両手で演奏するのとは異なり、上声部をレガートで表情を付けながら演奏するのは容易ではない。   主題は主調の前半と属調の後半に分かれ、後半は反復される。前半は10小節という半端な長さであるが、それは「表情豊かに(espressivo)」という表示を伴う第57・58小節が意図的に挿入されているからである。   同じく10小節からなる主題後半にも一工夫が施されている。ホ長調が並行調の嬰ハ短調に転じる(第64小節)までは順当に進むが、第65小節で嬰ハ長調に転じ偽の主題回帰が始まる。この「主題回帰」は2小節しか続かず、第67小節でイ長調に回帰する。この「偽の主題回帰」の挿入によって後半は前半と同じ10小節となっている。このように、作曲者は前半と後半をそれぞれ10小節ずつで統一しつつも、フレーズ構造に興味を引く変化を与えている。  3. 変奏 ・第1変奏:ピアノ・エ・レッジェーロ  スタッカートの和音が絶えず跳躍し、旋律を担う上声部の和音とバスを担う和音が弾き分けられる。転調の推移は主題と同じ。  ・第2変奏:マルカティシモ  ヘ長調。前半はフガートを装うが、応唱に続いて主唱が導入された時点で自由書法に移る。但し、小節数は10小節に保たれている。4声部目(ハ長調)はオクターヴのバスで提示され、イ短調で再度主題が現れたところで後半に移る。   後半(ハ長調)は定型通りの変奏で、再び歌唱的な旋律が現れるが、伴奏は32分音符の走句が担う。この種のテクスチュアを右手のみで弾くには完全な指の独立が求められる。   「偽の主題回帰」は主題のそれと同じ3度長調のイ長調で現れる。 ・第3変奏  ハ長調。64分音符による鋭い音階の断片が高音域と低音域に交互に現れる(譜例18)。こうした音型はヴァイオリンに特徴的な音型である(例えば譜例22に示すパガニーニの《24のカプリース》第9番に見られる)。    「余剰」の2小節にあたる第117、118小節はニ短調で、64音符のモチーフは逆アーチ型のアルペッジョに変化する。  後半はト長調に転じるが、書法は和音を含むアルペッジョの6連符に変じる。この書法の変化は「偽の主題回帰」との対比を出す上で効果的に機能する。   「偽の主題回帰」では、再び第3変奏冒頭と同じヴァイオリンの音型が現れるが、ここでも調は3度長調にあたるホ長調である。この変奏は、アルペッジョ、オクターヴによる分散和音、和音を含む分散和音によってハ長調で閉じられる。 ・第4変奏:ピウ・レント・アッサイ  最終変奏は「アッグラーデヴォルメンテ(心地よく)」と指示された分散和音の音型で始まる。第1変奏と同じイ長調で書かれているが、冒頭はIV度の準固有和音(イ短調のIV度)が用いられるため、主調が曖昧に聴こえる。   第135~138小節にかけて、書法はトレモロと旋律の組み合わせに変わり、音域を変えながらモチーフが異なる音域で応答し合う。  後半は主題と類似した書法に基づくが、下声部の走句が重音になり、さらに難易度を増す。   「偽の主題再現」は嬰ハ長調で行われるが、ダンパー・ペダルと弱音ペダルを踏んで静かなアルペッジョの囁きのなかで歌われる。   最後の4小節はアルペッジョ書法を変える。最後の小節では、右手が主和音を6オクターヴ(!)のアルペッジョをffで鳴らす。1840年頃、エラールやプレイエル社のピアノの一般的な最大音域は6オクターヴ半であるから、ピアノの幅を最大限に活用していることが分かる。   第151小節で調号は主調のニ長調に移り、4小節の推移を経て、フィナーレが導かれる。 4. フィナーレ  「壮麗に(superbamente)」と指示されたフィナーレでは、高音域でオクターヴの和音により序奏主題が堂々と歌われ、旋律構成音の間を手がすばやく跳躍中音域、低音域、バスへと移動し、大聖堂のファサードのように聳え立つ壮麗な響きを作り出す。   フィナーレは序奏主題で開始されるが、ここで初めて序奏主題はロ短調に完全終止し、枠付けられる(第160小節)。続く8小節は、序奏主題の冒頭を転調させつつ推移し、174小節でティンパニのように打ち鳴らされるドミナント音のトレモロを合図に、今度は4分音符による6連符と2分音符に姿を変えた変奏主題が英雄的性格で登場する。   ここでは、上声部に変奏主題、中音域に序奏の主題が置かれ、両者が統合される。バスに置かれたティンパニ風のトレモロは、シンフォニックなテクスチュアを作り出す。主題は4小節目で半終止するが、第180小節からは主題から逸脱し半音階的下行(第181~184)を経て、和音を伴うトリルでカデンツへの期待が高められる。主和音への解決は第193小節で成就されるが、コーダの前にはストレット風の2/4拍子によるエピソード(Doppio movimento)が挿入される。ここでは変奏主題のモチーフが縮小され、ニ長調からヘ長調、変イ長調へとめまぐるしく移り、ニ長調の属和音に至る。  コーダで再び4/4拍子に戻り、fffで12小節かけてクライマックスを形成し、畳み掛けるアルペッジョを響かせながら曲を閉じる。

執筆者: 上田 泰史 
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