1895年秋に作曲され、翌年の12月にロンドンで行われたフォーレ・フェスティヴァルにてレオン・ドゥラフォスにより初演された。出版はそのまた翌年の1897年で、テレーズ・ロジェ嬢に捧げられている。主題と11の変奏からなるが、第10変奏までは主調の嬰ハ短調で音楽が構成され、最後の第11変奏になってようやく同主長調の嬰ハ長調の音楽が響く。このように、最後まで長調を先延ばしする手法が特徴的であると同時に、非常に効果的となっている。
主題は、クアジ・アダージョで、4小節ずつの5つの楽節からなる。それは、ABA’BA’となっており、3部形式の中間部以降を繰り返すかのようである。変奏される際には、この反復がなされる場合となされない場合がある。また、なされる場合であってもリピート記号によるものと音符として記譜されているものとがある。尚、この作品は1910年にパリ音楽院の卒業試験の課題曲となったが、その際にフォーレはリピート・カットを認めている。主題においても変奏においても、AとA’の違いは主として和声に現れている。そして、最後の2つの変奏に関しては、3部形式にとらわれない自由な構成で書かれている。
第1変奏は、主題とロ・ステッソ・テンポであるが、主旋律が左手の低音に響き(ドルツェ・エ・ソステヌート)、右手はピアニッシモで高音域を上下行する1本のラインを奏する。更に、中音域には後打ちをする8分音符がある。従って、この変奏を通して3声部を弾き分け、尚且つ各声部の横の流れを保つことが求められる。
第2 変奏は、リットやフェルマータを伴うことなく前の変奏から続けて演奏される。ピウ・モッソになる。ここでは、奇数拍で上行し、偶数拍で反行する左右の手による外声が特徴的である。Bの部分では、左右の手双方に見られる主旋律を保ちながら、その他の音を弾くところに演奏上の技巧が求められる。
第3変奏は、単音で開始する主旋律が途中からオクターヴに重ねられ、旋律の扱いそのものに巧妙さがうかがえる。また、ここから第5変奏までの間、拍子が4分の4拍子から4分の3拍子となる。従って、演奏に際しては、この3つの変奏では、3拍子の持つ性格が求められると同時に、これらを一息に奏する感じをどの程度表現するかを熟考する必要がある。
第4変奏は、前の変奏とロ・ステッソ・テンポである。主旋律は左右の手を行き来する。また、所々に挿入される合いの手のような役割を果たすフレーズが効果的である。
第5変奏は、ウン・ポコ・ピウ・モッソで、前の変奏の複縦線上に付されたフェルマータを経て開始する。主として、左右の手の奏する反行形から成り、時折、並進行が挿入されるところに妙なるものが感じられる。
第6変奏はモルト・アダージョで、音価や強弱の異なる3声部を弾き分ける変奏となっている。また、この変奏の中におけるリズム変奏も見られる。
第7変奏はアレグレット・モデラートで、対位法的な手法がシューマンを思わせると言われている。右手を追いかける左手のフレーズは忠実なところもあるが、半音の変化がみられるところもあり、1音の変化のもち得る表情の相違が巧みに表現されている。
第8変奏はアンダンテ・モルト・モデラートで、上声の主旋律、内声の左右の手による3度の並進行、中間部に保続音の見られる低音から成る。
第9変奏は、主題よりやや遅めのクアジ・アダージョで、半音階的な音の動きが豊富に用いられたノクターン風の性格をもつ。また、途中に1小節のみ4分の2拍子を挿入させるなど非常に手の込んだものとなっている。
第10変奏はアレグロ・ヴィーヴォで、第7変奏とはまた違った意味でシューマン風とされている。主旋律は左右の手を行き来し、広音域にわたって響く。前半をピアニッシモに留め、後半でフォルテッシモへとクレッシェエンドする強弱の構成は、この変奏の持つ無窮動性格と相俟って、非常に効果的である。また、この変奏から再び3拍子となる。
第11変奏は、前述の通り同主長調の嬰ハ長調で作品全体を締めくくる。ポリフォニックな構成で、主旋律と対旋律の美しさが際立っている。作品全体としてのクライマックスを第10変奏で築き、ここではフォルテッシモになることはあっても、性格的には地に足着いたものとして書かれていることが印象的である。また、第9変奏のように、途中で1小節のみ4分4拍子が挿入される。
この作品の演奏に際しては、各変奏のテンポ設定が重要である。フォーレはメトロノームによるテンポ表記を付しているが、この表記と各変奏の性格を吟味し、作品全体としてのテンポの構成を把握することが大切である。