前奏曲
変イ長調で書かれたこの前奏曲について、作曲者自身が、本当に一番初めに弾く準備運動のような前奏曲と述べている。そして、いきなりその曲のテンポで弾かずに、まずはゆっくりと美しい音で、それから次第に速くしていくようにと付している。実際、曲の冒頭には「アダージョからアレグレットまで」と記されている。更に、準備運動にふさわしく、4分の4拍子のこの曲は、右手の8分音符、左手の全音符で開始し、途中で両手の8分音符になった後、再び、左右何れかの手が長い音価を奏する形に戻って曲を閉じる。従って、この作品には教育目的もあると言えるであろう。
うれいと悲しみと
タイトルには示されていないが、作曲家自身により、ノクターンの作品とされている。そして、冒頭には「アダージェット 静かに 落ち着いて」と記されている。嬰ハ短調のこの作品は、左右の手が同じ音を時差で弾く箇所があり、その際、右手のメロディーのラインが途切れないようにすることが求められている。また、途中で「自由な速さで」と記され、広い音域を下降したり上昇したりする音階が挿入されている。この音階は一息でないこともあり、タイトルから思い浮かべるイメージに通じるものがある。更に、このように挿入される部分は概してfであり、その他の部分はpを中心としている。従って、この2種類のパッセージは、「性格」の異なるもの、即ち、「うれい」と「悲しみ」と捉えることができるであろう。
新チェルニー1番
チェルニー30番の1番の右手を半音上げたものに、作曲者による左が添えられた一種の編曲である。その際、原曲のような完全な練習曲ではなく、メロディーの美しさ、楽しさを生み出すよう心がけたそうである。実際に、曲の終わりには、9小節から成るコーダが付け足されており、原曲より更に、作品としての「曲」に近づこうとしていることがわかる。
走れ・ホ調
副題にあるとおり、4分の3拍子、8分の6拍子、8分の9拍子が絶え間なく入れ替わるアッレグレットの作品である。また、作曲者自身により、「演奏会用練習曲」とされている。タイトルに「ホ調」とあるのは、ホ短調で始まり、ホ短調で曲を閉じるが、中間にホ長調の部分を持つためであろう。また、「カンタービレ」記された部分が2回挿入されている。そのような部分では、拍子の変化による拍の多様なカウントで「走る」その他の部分との対比を築くことが求められるであろう。また、左右の手で拍のカウントが異なる部分もあり、へミオラやポリ・リズムの練習に適していると言える。しかし、特筆すべきことは、そのような事柄が、リズム練習に適した簡素な音形によりながら、音楽的なおもしろみも兼ね備え、「演奏会練習曲」として完成されていることであろう。
お人形の子守歌
この作品では、メロディーと伴奏が明確に分けられているため、メロディーを際立たせるための曲であると言える。とりわけ、メロディーは必ずしも最上声にあるとは限らない。また、伴奏といえども、時折半音階的進行や対旋律が隠されているため、メロディーを際立たせつつ、そればかりに気をとらわれないようにすることも大切である。冒頭には、「ラルゴ ゆっくり おちついて 美しく」と記されており、小さな子供にこれらのことを伝えようとする作曲者の意図がうかがえる。
変奏的練習曲
1966年に、桐朋学園大学音楽学部付属「子供のための音楽教室」のために作曲された。主題と9つの変奏から成る(初めは8つの変奏であったが、後に1つ付け加えられた)。イ短調で書かれているが、日本の音階に基づくメロディーにイ短調で和声づけしているといったほうがふさわしいであろう。
主題は4分の4拍子で、「ソステヌート 堂々と」と記されている。13小節と短いながらに、3部形式で書かれている。
続く第1練習(変奏)曲は、同じく4分の4拍子で、メロディーが左手に見られる。再現では、右手にメロディーが戻る。
第2練習(変奏)曲は、4分の4拍子、4分の3拍子、4分の5拍子が混在している。そして、片手の音階、両手の音階、両手の反行する音階を中心としている。
第3練習(変奏)曲は、4分の3拍子であるが、左右共にヘミオラやポリ・リズムが見られ、規模もやや大きくなる。この変奏の終結音にはフェルマータが付されている。
第4練習(変奏)曲では、イ長調で和声づけされている。拍子も2分の3拍子となり、冒頭に「美しく、うたうように」と記されている。また、用いられるディナーミクの幅がp-ffと幅広くなる。この変奏の終結音にもフェルマータが付されている。
第5練習(変奏)曲では、アレグロとなり、イ短調による和声づけに戻る。拍子は4分の4拍子で、推進力のある変奏となっているが、4拍目に4分音符が置かれることが多く、せき止められながら進む感じが醸し出されている。
第6練習(変奏)曲は、ffで開始し、7連音符によるユニゾンの音階が特徴的である。また、8小節目の最後の音にフェルマータが付され、その後ダブル・バーを挟んで、リタルダントの指示された3小節が続くことも興味深い。
第7練習(変奏)曲では、一転して、「アダージョ・エスプレッシーヴォ ゆっくり落着いて 充分に表情をこめて」となる。拍子も4分の3拍子となり、この変奏を終結させる音にはフェルマータが付されている。全体的に多声的に書かれている。また、上行音形で終結することが非常に印象深い。
第8練習(変奏)曲では、一転して、「プレスト 非常に速く」となる。主題が様々な音高に分割されていることが特徴的である。2分の2拍子で8分音符による3連音符を中心としているが、この変奏の最後は、上行形の5連音符の積み重ねが上昇していく。また、この変奏の終結音にはフェルマータが付されている。
第9練習(変奏)曲は、この作品全体のフィナーレで、一転して、「マエストーソ」となる。実際に、重厚な和音で書かれており、幅広い音域の間を跳躍する。また、第6練習(変奏)と同様に、ffで開始する。イ短調による和声づけが支配的であったこの作品全体は、この変奏の最後のハ長調の主和音で閉じる。
以上のように、曲全体の終わりに近づくにつれて、各変奏間の性格の変化がより色濃く強調されていく構成になっている。