ワーグナーが「第一級の風景画家」と言ったように、メンデルスゾーンは情景描写や標題音楽の作曲において才能を発揮している。
この“言葉のない歌曲”、「無言歌」、という形でメンデルスゾーンは心象風景や感情描写までも、表現した。歌曲風の旋律をもった器楽曲であるため、旋律線をはっきりと浮き立たせ、抒情的に演奏することが重要だろう。
メンデルスゾーンが活躍したこの時期、ブルジョアジーの家庭を中心に、ピアノが教養として普及した。そのため、家庭で気楽に弾ける作品が多く作られたが、この《無言歌集》もその一つである。
《無言歌集》は各6曲ずつの計8集からなり、生前に出版されたのは、第6集までである。第7集は、1851年、第8集は1867年に出版された。1832年、第1集を出版したときには、メンデルスゾーンは、《ピアノのためのメロディー》と記しており、《無言歌集》の名称をもつようになったのは1835年に第2集を出版してからのことであった。
標題をもっているものが多いが、作曲者自身によってつけられたものはわずかである。実際、メンデルスゾーンは標題をつけることによって、音楽的な想像力が限定されることを嫌っていたようだ。
第3巻
1.変ホ長調「夕べの星」 / op.38-1 (1837)
2.ハ短調「失われた幸福」 / op.38-2 (1837)
低音と旋律の間の和音構成音があとうちのリズムで装飾する形をとっている。
3.ホ長調「詩人の竪琴」 / op.38-3 (1837)
4.イ長調「希望」 / op.38-4 (1837)
5.イ短調「情熱」 / op.38-5 (1837)
第2曲と同様、シンコペーションによるあとうちのリズムを利用した楽曲構成になっている。情熱というよりは、焦燥感や不安をかきたてられるような印象をうける。
6.変イ長調「デュエット」 / op.38-6 (1836)
6曲中唯一、メンデルスゾーン自身によって命名された作品。テンポはゆっくりめであるが、動きはゆるやかではない。「常に両声部をくっきりと際立たせなければならない」と記されており、装飾声部を均質に演奏しながら、2つの主要な旋律をはっきりとうきたたせることが大切だろう。技巧的な曲である。