シャミナード 1857-1944 Chaminade, Cécile
解説:上田 泰史 (3636文字)
更新日:2018年3月12日
解説:上田 泰史 (3636文字)
フランスの女性ピアニスト兼作曲家。女性が作曲家として職業的に自立することが十分に認められていなかった19世紀にあって、シャミナードはピアニスト、作曲家として早くから周囲の音楽家たちに才能を認められた音楽家だった。
1. 出自
シャミナードの出自は社会的に恵まれている。母のマリー=ステファニー・クールタンMarie-Stéphanie COURTINは貴族の出で、父は英国の保険会社「ル・グレシャム」のフランス支局の監察員(インスペクター)、総合監察員を経て局長となった敏腕のビジネスマンだった。父の昇進によって、シャミナード一家はセシルの生まれたころにはかなり裕福な家庭になっていた。両親は音楽愛好家で、父はヴァイオリンを弾き、母はピアノと声楽を嗜んでいた。シャミナード家の第3子として生まれたセシルの音楽的嗜好こうした不自由のない家庭で育まれ、彼女は母の指導のもとピアノを修得していった。
2. 学習時代
ところで、オペラ作曲家のジョルジュ・ビゼーは、シャミナード家と親交があった。ビゼーはパリ音楽院でマルモンテル教授にピアノを師事し、優れたピアニスト、伴奏者でもあった。彼はセシルのピアノと作曲の試作品に際立った才能を感じて、パリ音楽院への入学を両親に強く勧めた。ところが、保守的な父は、もとより娘を職業音楽家にする気はなかったので、個人レッスンという形で音楽教育の継続を認めた。セシルの教育は3人のベテラン音楽家に託された。ピアノの師は、1843年以来、パリ音楽院女子クラス教授として優れた指導力を発揮していたフェリックス・ル・クーペFélix Le COUPPEY(1811~1887)、和声・対位法・フーガの師はやはりパリ音楽院でソルフェージュ、次いで和声教授を務めていたオーギュスタン・サヴァールAugustin SAVARD(1811~1887)、そして作曲の師はピアニスト、ヴァイオリニスト、そしてパリ音楽院でアンリ・ルベールに師事した若き作曲バンジャマン・ゴダールBenjamin GODARD(1849~1895)だった。
3. 作曲家、ピアニストとしての経歴
彼らの下で音楽への才能を開花させたシャミナードはサン=サーンス、シャブリエ、ビゼーに励まされ、男性中心の作曲界において居場所を見出すことができた。そのデビューの舞台となったのは1871年に設立されたフランス国民音楽協会だった。フランク、ギロー、サン=サーンス、マスネを初めとするフランス人作曲家によって創設されたこの協会は初め、フランスの若手作曲家の作品の上演機会を作ることを目的として演奏会を重ねた。1880年と81年、シャミナードの《ピアノ三重奏曲》作品11と《オーケストラ組曲》が同協会によって上演された。彼女は伝統的なジャンル、オペラ・コミックにも挑戦しており、《セヴィーリャの女》は1884年に内輪で初演された。1887年2月に同協会で演奏された《ピアノ三重奏曲 第2番》作品39を経て、彼女の創作力は1888年に頂点に達し、その年だけでギリシア神話に取材した交響的バレエ《カリロエー》作品37(マルセイユで初演)、管打楽器をふんだんに用いた東方的色合いの意欲作オーケストラとピアノの《コンチェルトシュトゥック》作品40、劇的交響曲《アマゾン》作品26(アントワープで初演)を発表した。ピアノ曲においても初期には性格小品のみならずモシュコフスキ(彼は後にシャミナードの妹と結婚する)に献呈された《ピアノ・ソナタ》作品21(1895年作曲)のように厳格な様式で書かれた力作、パリ音楽院からフルート科の修了コンクール課題曲として委嘱を受けて作曲された《コンチェルティーノ》作品107(1902年作曲)があり、80年代から20世紀初頭にかけての彼女の作曲家としての意気込みは後年の小品や歌曲からは想像できないほどのものである。イグナーツ・パデレフスキに献呈された《交響的練習曲》作品28もこの時期の重要な成果である。
しかし、シャミナードの名声と生活費を保証したのは200曲以上のサロン用ピアノ小品と125曲以上のメロディと呼ばれる家庭向けの歌曲だった。ことに英米ではピアノ愛好者の間で絶大な人気を得、イギリスでは1892年からヴィクトリア女王の賓客となり、アメリカでは複数の「シャミナード・クラブ」が作られ彼女を熱狂的に支持した。20世紀初頭に彼女が残した演奏録音には、人々を魅了した正確かつ端正でありながらダイナミックな力強さが刻まれている。だが、当時のアメリカでは1891年まで著作権が法的に保護されていなかったため、彼女が作曲家として輝いていた時代の作品の多くはパブリック・ドメインに属していた。このことは彼女の老年期の経済状況にも響くこととなる。
1908年、彼女は米国ファンの期待に応えてアメリカ・ツアーを敢行し、ボストンからセント・ルイスまで12都市を巡回した。このツアーは大成功を収めたが、女性作曲家に対する男性批評家の視線は時に冷たく、性格小品や歌曲については甘ったるく女性的過ぎると評され、またフィラデルフィアでオーケストラと共演した《コンチェルトシュトゥック》のようなシリアスな作品は男性的過ぎると批判された。こうした批評は、知的な作曲が男性の職業的領分と考えられていた当事にあっては珍しいことではなかった。
フランスにおけるシャミナード作品の出版は、はじめマオー社とその後継会社であるアメル社、グリュ社、デュラン社、リッコルディ社で行われた。しかし、1890年代から出版の窓口はエノック社へと移り、装飾的にも美しい表紙とともに、市民の家庭を彩る愛好家向けの音楽として数多く出版された。1917年からシャミナードは正式にエノック社の専属作曲家となり、持続的な出版が約束された。今日シャミナードの一般的イメージを形成しているこれらのサロン・ピースである。
図:エノック社から出版された《ロマンチックな小品集》作品55の表紙。
4. 「母」か、音楽家か
女性の職業活動と家庭生活の両立は、現代社会において重要かつ普遍的な問題として議論される。1908年のアメリカ・ツアーの折、シャミナードは『ザ・ニューヨーク・ヘラルド』紙でのインタビューで一家の母であることと職業作曲家であることは両立可能かという問いに対して、「女性はいずれか一方を選ばなければならない」と述べている。
実際、作曲家イコール男性の職業という社会通念が支配的だった当事、シャミナードの恋愛と結婚は、困難の連続だった。彼女は作曲の師ゴダールから3度にわたりプロポーズを受けたが、結婚には至らなかった。20代の時には医師のポール・ランドウスキと恋愛関係にあったとされるが、彼の頼りない経済状況と死んだ兄から引き受けた6名の養子がいたことから、家柄を重んじる保守的な父は結婚に断固反対した。この父は1887年に亡くなると、シャミナードは母と暮らし、創作活動から次第に手を引いていった。1899年の演奏旅行の折、59歳になるマルセイユの楽譜商ルイ=マチュー・カルボネルは、世話人としてツアーに同行し、二年後にシャミナードと結婚する。しかし、シャミナードは演奏活動を優先するため、夫に中部地方の別荘を託して、自分はパリ北東部にあるル・ヴェジネ市の自宅で一人暮らした。二人は子どもを設けず、1907年に夫は他界し、以後独身を貫いた。1913年、音楽家としての彼女の独歩は、女性作曲家としては初めてのレジヨン・ドヌール勲章によって報われた。翌年、第一次世界大戦が勃発。以後、彼女の創作活動は下火になっていく。 5. 1920年以降 還暦を過ぎたシャミナードは生活の糧を得るために作曲を続けたが、様式を大きく変えることはなかった。作曲は主に家庭用のピアノ小品だったが、モダニズムの時代にあって彼女のピアノ小品は時代遅れと見做されもはや大きな需要を生み出すことはなかった。経済状況の悪化から、彼女はヴェジネの自宅を売りに出さなければならなかった。作品番号付の作品出版は1920年代で終わり、姪の世話になりつつ余生を過ごし、1944年4月13日にモナコ公国のモンテカルロで他界した。享年86。
■参考文献 - Flaurence LAUNAY, Les compositrices en France au XIXe siècle, Paris, Fayard, 2006. - Joël-Marie Fauquet, Dictionnaire de la musique en France au XIXe siècle, Paris, Fayard, 2003. - Marcia J. Citron "Chaminade, Cécile (Louise Stéphanie)" in New Grove Online.
作品(115)
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