ピアノは端正な楽器だ。音の高低が例外なく一直線に並んで,その全ての音が均一なエンベロープを持っている。もちろん,音程による差異はあるが,音を鳴らすメカニズムはほとんど全て等しい。その均一に抽象化した楽音を奏でる楽器は,そのメカニズムと対峙するように人間の身体を開拓してきた。ほとんどの楽器は,人間が意識的に行う動作に対して従順に答えてくれる。 例えば,管楽器や弦楽器が持つエンベロープの自由度は,アーティキュレーションにおける幅広い表現をもたらすだろう。しかしピアノは,ピアノというメカニズムに対する身体を要求している。音楽を表現することと身体が最も離れているのは,ピアノをはじめとする指で弾く鍵盤楽器なのではないだろうか。
一直線に並ぶ鍵盤は,一直線に並ぶ数列と相性が良い。等間隔の数列はあるスケールを生み,そのスケールを人間の5本の指に割り当てることができる。そして,そのスケールの,5本の指に割り当てられた音以外を,ピアノ演奏特有の「指を変える」動作よって展開させてゆくのが,この作品の作曲アルゴリズムである。この作曲アルゴリズムさえ解ってしまえば,楽譜などいらないだろう。しかし,これは特に目新しいことではない。なぜなら,ピアノそのものが音楽の理論体系を形として示してくれているように,私は感じるからだ。