《ピアノ・エチュード》 第1巻(1985)
第1番〈無秩序〉:Molto vivace, vigoroso, molto ritmico、リゲティの親友のひとりで彼に多大な影響を与えた20世紀フランスを代表する音楽家ピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez, 1925~)に献呈されている。この作品では、秩序から無秩序へと崩壊していくプロセスが聴き取れる。右手は白鍵を弾き、左手は黒鍵を弾く。冒頭2小節は、3+5の音型を両手で同時に演奏するが、3小節目からは、右手と左手のアクセントの位置や小節線の位置がずれ始める。まるで毒が注入されたかのように、ぐらつき崩壊するが、途中で何度か秩序を取り戻す。
第2番〈開放弦〉:Andantino rubato, molto tenero、ブーレーズに献呈。完全5度の響きが特徴的な色彩豊かな作品で、印象主義音楽を彷彿させる。ヴァイオリンの開放弦を弓でそっと弾くように、柔らかく表情豊かに演奏される。リゲティは、最も尊敬する作曲家のひとりに、クロード・ドビュッシー(Claude Debussy, 1862~1918)をあげている。また、時間が凍結しているかのように静的なセザンヌの印象派絵画を愛していた。
第3番〈妨げられた打鍵〉:Vivacissimo, sempre molto ritmico、ブーレーズに献呈。この作品では、簡単な規則が設定されることによって複雑なリズムが生み出される。片方の手は、菱形で記譜された2~6つ音符を無音で押さえ込んでおくように指示されている。もう片方の手は、上昇、あるいは下降の旋律パターンを演奏するが、既に幾つかの音の鍵盤が押さえ込まれているために打鍵が妨げられる。
第4番〈ファンファーレ〉:Vivacissimo, molto ritmico, con alegria e slancio, フォルカー・バンフィールド(Volker Banfield)に献呈。2と3の単位を組み合わせたアクサクと呼ばれる披行的なリズム(この曲では3+2+3の組み合わせ)が、右手と左手を渡り歩きながら、終始一貫して反復される。そのアクサク・リズムに、様々な変則的リズムが重ね合わされることによって秩序が乱される。リゲティは最初、〈バルトーク〉というタイトルを付けるつもりだった。
第5番〈虹〉:Andante con eleganza, with swing, ルイーズ・シブール(Louise Sibourd)に献呈。セロニアス・モンク(Thelonious Monk, 1917~1982)とビル・エヴァンス(Bill Evans, 1929~1980)のジャズのピアニズムに閃きを得て作られた静かな間奏曲。リゲティは、タイトルが定まらないままこの曲を即興的に作曲し、完成後に〈虹〉というタイトルを付けた。
第6番〈ワルシャワの秋〉:Presto cantabile, molto ritmico e flessibile, ポーランドの友人達に献呈されている。この作品は、ピアニストが、同時に2、3、4種類の異なった速度で演奏しているかのように、錯覚させられる。リゲティは、アフリカ音楽の超高速パルスについて勉強し、複雑なポリテンポ作品を作曲出来るようになった。曲中では、16分音符のパルス上に、沢山の半音階的な下降旋律が現れ、様々に重なり合い、混乱が生じている。その混沌の様子は、エッシャーが描いた上下が分からなくなる無限階段の騙し絵を思い起こさせる。