1970年代の後半から、武満は「雨」や「海」といった水にまつわる言葉をタイトルにした作品を多く残している。形をもたない水にとって、「雨」や「海」は水にかりそめの形が与えられたものだと武満は捉えている。そして音楽もまた、形をもたない音に対し、作曲家がかりそめの形を与えたものなのであると彼は語る。一連の「雨」にまつわるタイトルには、このような武満の作曲に対する真摯な態度が、ユニークな形で示されていると言えよう。
さほどテンポの速くない16分音符の両手の動きが、雨の雫を滴らせる木の葉を描写するかのようなフレーズで曲は始まる。3種類に書き分けられたアクセント、ペダリングの細かな指示が、うごめきを表現しつつも、極めて繊細で静謐な響きを作り出す。大きく分ければA―B―Aの形式をもつこの作品は、左右の手が微妙に不規則的にずれて奏でられる細かなパッセージと、深みのある和音の動きによって作られている。また、曲の中間部、そして終結部には、音が衰微する限界ぎりぎりまで伸ばし切るフェルマータが"dying away"(死に絶えるように)と注意書き付きで現われ、作品にたっぷりとした充実感を与えている。演奏者自身が、自分の出す音、そしてその音が消え入る様に耳を澄ますということ、その鍛錬として取り組むにふさわしい作品と言えるだろう。