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フンメル :ピアノ・ソナタ 第2番 変ホ長調 Op.13

Hummel, Johann Nepomuk:Piano Sonata No.2 Es-Dur Op.13

作品概要

楽曲ID:5067
出版年:1805年 
初出版社:Bureau d'art et d'industrie
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:ソナタ
総演奏時間:27分00秒
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (1)

解説 : 高久 弦太 (2614文字)

更新日:2025年5月12日
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■ 概要

《ピアノ・ソナタ第2番 変ホ長調 Op.13》は、ヨハン・ネポムク・フンメル(Johann Nepomuk Hummel, 1778–1837)によって1805年頃に作曲されたピアノ独奏のためのソナタである。本作は、ハイドンやモーツァルトの古典様式を継承しつつ、技巧的な華やかさと構成的完成度を併せ持つ佳作として位置づけられる。
全3楽章から成り、ベートーヴェンの同時期のソナタに見られるような劇的緊張や構造的革新性は控えめながらも、旋律美とヴィルトゥオジティが高次に融合しており、のちのロマン派ピアニズム——特にショパンやメンデルスゾーン——に至る音楽語法の萌芽を含んでいる。


■ 歴史的背景

フンメルはウィーン古典派最後の世代に属する作曲家であり、モーツァルトの晩年の弟子としての教育を受けた後、ハイドンやサリエリ、さらにはベートーヴェンとも深く関わりを持った。彼はウィーン宮廷での活動に加え、ヨーロッパ各地を演奏旅行し、ピアノのヴィルトゥオーゾとして高い評価を得ていた。

本作《ソナタ第2番》の成立は、彼がウィーンからシュトゥットガルトへと移った直後の時期にあたる。当時のウィーンはナポレオン戦争の影響を受けつつも音楽的活況を呈しており、ピアノ音楽は急速に発展していた。ベートーヴェンが《ワルトシュタイン・ソナタ》や《熱情ソナタ》などを発表する一方、フンメルはより抒情的かつ華やかなアプローチを採り、モーツァルト的伝統を昇華する方向を示した。


■ 形式と構成

第1楽章:Allegro con brio(変ホ長調、ソナタ形式)

冒頭から明快で推進力のある主題が提示され、続く第2主題ではより抒情的な旋律が展開される。全体としては古典的なソナタ形式に則るが、装飾的なパッセージやスケール、分散和音が随所に挿入され、華やかな音響効果を生んでいる。展開部では主題の断片化や転調が巧みに用いられ、形式的にもバランスの取れた構造を示す。

第2楽章:Adagio con espressione(変ロ長調、三部形式的構成)

この緩徐楽章は、甘美な旋律を中心とした三部形式に近い構成をとる。右手の旋律線はベルカント的な歌心に溢れ、左手は柔らかなアルペジオでそれを支える。中間部では一時的に調性が揺れ、憂いを帯びた和声が一瞬の陰影を与える。表現力豊かで、後期古典派的抒情の典型ともいえる楽章である。

第3楽章:Rondo – Allegro moderato(変ホ長調、ロンド形式)

終楽章は対位法的な処理とロンド様式を結合させる努力が顕著であり、ハイドンの後期ピアノソナタやモーツァルトの後期の交響曲で模索されている方向性を追求した楽章と言えよう。各挿入句(エピソード)ではスケール、オクターヴ、装飾音など、演奏技巧が豊かに盛り込まれており、フンメルが開拓していた華麗なピアニズムが存分に発揮されている。


■ 技術的・演奏的観点

フンメルのピアノ作品は、彼自身が名ピアニストであったことを反映し、演奏者に対し高度なテクニックと音楽的洗練を求める。本ソナタにおいても以下の要素が特に顕著である:

  • パッセージワークの精度:第1・第3楽章には、細かい音型の連続、スケール、オクターヴの跳躍が頻出し、運指の柔軟性と均整の取れた音色コントロールが必要。

  • 旋律の歌わせ方:第2楽章では右手の旋律をいかに柔らかく、自然に歌わせるかが鍵であり、ペダリングとアーティキュレーションの調整が演奏解釈において重要となる。

  • 音量の階層構造:明快な主題提示と、内声や伴奏の処理のバランス感覚が求められ、フォルテ・ピアノの発展期における音響設計を意識した演奏が理想的である。


■ 音楽的意義

《ピアノ・ソナタ第2番 Op.13》は、ハイドン・モーツァルト以来のウィーン古典派様式を受け継ぎつつ、演奏技巧と旋律美の両立を実現した作品であり、19世紀ロマン派ピアノ音楽の萌芽を担う意義深い作品である。演奏機会は今日では稀だが、その構造的完成度と音楽的魅力により、古典からロマンへの橋渡しを成す重要なレパートリーの一つとして再評価が進められている。特にピアノ教育や演奏会プログラムにおいて、その技巧的・表現的可能性を再発見する価値のある作品である。

執筆者: 高久 弦太

楽譜

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