第1楽章 変ホ長調 4分の3拍子 ソナタ形式
II度7和音(ヘ→変ト音の進行からIV度の付加6和音とも解釈できよう)による冒頭は、これまでのソナタの中で最も意表を突く開始であろう。主/属和音以外で開始される例は、他に一切見当たらない。また、開始後まもなくのritardando、フェルマータによる休止とa tempoという急激なテンポ変化は、Op.31の他の2曲(Op.31-1フィナーレとテンペスト・ソナタOp.31-2第1楽章)に共通してみられる手法である。
2小節の音階パッセージによるブリッジを挟み、主題の確保(第10小節~)と推移(第25小節~)を経て、属調(変ロ長調)で副次主題があらわれる。ここでは、4小節の音階パッセージによるブリッジが挿入され、主題の確保(第57小節~)と推移(第64小節~)、そして分散和音によるブリッジを経てコーダ(第77小節~)へと至る。コーダは、属調に終止するとすぐ半音階上行のブリッジを挟んで主要主題の後半の動機が拡大された形であらわれ、主調へとむかう。
(展開部+再現部)
展開部(第89小節~)は提示部の冒頭を再現するが、増6和音を介してハ短調へむかう。主要主題がハ長調とヘ長調で変奏された後、副次主題の推移とブリッジの動機によるゼクエンツによって変ロ短調、変ホ長調、変イ長調へと転調し、変イ長調のIV度の和音による分散和音が再現部(第137小節~)を準備する。
提示部冒頭とは異なり、ここでは変ホ長調のII度和音を背景として主要主題が再現される(提示部における冒頭和音をII度7和音としたのは、この再現部との対応関係から)。主調での副次主題の再現(第170小節~)において、確保へのブリッジのパッセージが拡大されている。提示部において、属調への終止の後に主調へとむかった部分が契機となって、コーダの拡大がはじまる。というのは、基本的なソナタ形式では、提示部におけるコーダの属調での完全終止が、再現部においてこの部分を主調に置き換えることで、主調に完全終止する仕組みを作っているのにもかかわらず、ベートーヴェンはここに主調へ回帰する音楽を付け加えた。そのため、この再現部において、調性は必然的に下属調へとむかうことになる。主要主題の動機を繰り返しながら転調し、今一度、主調で主題あらわれ、推移の動機によって楽章を閉じる。