J. P. ケルナーの弟子が写した手稿譜を唯一の資料として伝えられる。ケルナーはバッハと同時代の人でバッハの作品をコレクションしていたのだが、その弟子の筆写となると、ケルナー自身の作である可能性がひじょうに高くなる。
しかし、全体にはバッハらしい特徴がいくつか見られる。まず、この種の模続進行と同音連打を含む主題は、ヴァイマール時代以前によく用いたタイプである。また、3声の主題提示を一通り終えたのちは、主題提示のあいだに長い自由句が挿入される。これは、バッハの初期のフーガの特徴である。(《平均律クラヴィーア曲集》など中後期の様式では、主題提示はまとまって行なわれ、いわば主題グループを繋ぐように自由な展開部分が現れるようになる。)さらに、楽曲のほぼ中央、第35小節に平行長調へ転じる明確な完全終止がおかれる。フーガのなかに完全終止をおいて、フーガにシンメトリーを与える手法は、バッハが後年に確立する形式であるが、すでにここに萌芽がある。
模続進行や3度の平進行のために単調で陳腐な響きとなってしまった部分は否めないが、半音階や巧みな和声進行も垣間見え、たとえ誰の作であったにせよ味わい深いフーガとなっている。