ここに名を残している「エルゼーリウス」がいったい誰なのか、ということは現在、問い直されている。ト長調の稿BWV955aを伝える筆写資料に「フライベルクのオルガニスト」と書き込まれたことが混乱の原因となった。これを受けて旧全集では「J.C. エルゼーリウス」とされたのだが、この人物はバッハよりも完全に一世代あとの音楽家であるから、実際には当てはまらない。もっとも、バッハの創作史や伝記を再構築する上で「エルゼーリウス」についての関心は尽きないのだが、この作品を演奏する上では主題の原曲の作者はあまり問題ではないだろう。
BWV955はヴァイマール以前の初期フーガの一つとして、古いスタイルを残している。主題素材によらない単調な模続進行や装飾音型、声部の独立性を乱す三和音など、熟し足りないところも散見される。しかし、朗々とした四分音符の主題と十六分音符の装飾的なフィギュレーションの絡み合いが、全体を簡明で判りやすいものにしている。また、音域とテクスチュアも刻々変化し、低音域から重々しく始まり、中音域で展開を始め、低音がやんで高音域にきらきらと漂ったあと、ずしりと低音が戻ってくるなど、劇的な演出がなされている。
こうした経過の中で、四分音符の主題は、聞き取るべきテーマというよりも曲全体を支える屋台骨としてやや後景に退いている。そこには、きらびやかな装飾音の可能性が演奏者に開かれているだろう。