この作品は、ピアニストの左右の手を独立した2つのガムラン・アンサンブルと看做し、その同時演奏によって複層的な時間感覚と複調的な旋法感覚による音楽体験を生み出そうと試みたものである。主部においては、リズム転調によって結び合わされる4つの基本テンポ(160、120、90、68)上において、2種の基本パルス(16分音符と8分音符の3連符)の2、3、4、5つというグルーピングによって生み出される、13種のヴァーチャルなテンポ感の26通りの組み合わせを、左右の手による2つのガムランが一つずつ試していく。また音高システムでは、ガムラン音楽にもともと見られるペログとスレンドロに近い2つにその変種3つを加えた計5種の5音音階が、左右のガムランに補完的に(互いの構成音が重複しないように)組み合わされる。
微分音程によって12平均律の響きを越えることを創作の大きな柱としている私にとって、内部奏法もプリペアードも用いないピアノのために音楽を書くことはかなりの難題である。紛れもなく金属打楽器の一種であるピアノの鍵盤をある種のガムランに見立てることは、ドビュッシー以来珍しいことではない(中でもプーランクの素晴らしい2台ピアノの協奏曲や、リゲティのピアノ・エチュードを特に挙げたいと思う。)が、私にとってはこの作品が書かれたのが主に夏であったこと、そしてこの季節になるときまってブラームスよりはガムランを聴きたくなることと関係していなくもない。
飯野明日香さんよりの委嘱作品として書かれ、彼女のリサイタルで2009年に初演された。その後演奏上の困難さから、4手連弾や2台ピアノの形でも何度か再演されている。